第3章 雪の日のこと(前篇)
「おう。それがどうした。」
「うちは……離婚だから。ちょっと、違う……と思うんだよね。」
「おい、何言ってんだ?
俺の母親は俺が6歳かそこらで亡くなってるから正直ほとんど覚えてねえし、
広子さんと比べるとかそういう次元ですらないんだけど。」
「ちがう、そうじゃない。
そうじゃなくて……衛輔は、母親っていうものに、イメージというか、固定概念?みたいなものがないと思うのね。
でも、私は逆で……親が離婚したのは、しっかり物心ついてからだったし、
そのころの記憶も結構ちゃんとあるし……だから、その……。」
凪沙は必死に言葉を繋ぐが、衛輔にはイマイチ伝わらない。
「凪沙は、父親のことがまだ忘れられてないっていうこと?」
そう衛輔が言うと、凪沙はきっぱりとこう返した。
「忘れられるならさっさと忘れたいよ。あんな奴。」
その苦しそうな表情に、衛輔は少し動揺する。
「……これ見て。」
そう言って凪沙は前髪をかきあげて額を出す。
白くて形のいいそれには右の生え際から数センチの傷跡が刻まれていた。
「え、それって……。」
「こういう人だったの。だから父親とかいらないの。
おじさんが良い人なのは分かるけど、再婚とか父親とかどうしても連想しちゃいそうなの。
思い出しそうなの。だから嫌なの。」
凪沙は前髪を戻しながら早口でそう言うと、オレンジジュースを飲み干した。
「引いたでしょ。引いたよね?ああ無理だわって思ったでしょ。
こんなトラウマかかえた女めんどくさいって思ったでしょ。
もういいよね?じゃあね。」
コートとマフラーを手にして、凪沙は立ち上がる。