第12章 敗北のあと
「衛輔ー。お風呂あいたよ。入っちゃって。」
衛輔の部屋の前でそう声をかける。
中から返事がない。
「衛輔、寝てるのー?」
そっとドアノブに手をかける。
「あ、起きてる!すぐ入るから下行ってろ!」
慌てた声が返ってきたが、凪沙は既にドアを半分ほど開けた後だった。
「衛輔?」
電気のついていない部屋を見回すと、ベッドの上に座っている影が動いた。
「ばか。入ってくんな。」
その声に違和感を覚えて、凪沙はすぐに察する。
薄暗い部屋に入って、ドアを閉める。
「衛輔。」
もう一度名前を呼ぶが、もう返事はない。
彼の前に屈んで、その背に手をのせて、優しく摩る。
あの日、彼が自分にしてくれたように……。
「衛輔寝ちゃったっておじさんに言っとくね。」
そっと立ち去ろうとしたとき、その腕を掴まれて、ドキリとする。
「衛輔?」
「ごめん。勝てなくて。」
鼻をすすりながらの彼の声が、胸に刺さる。
「謝んないでよ。負けたけど、衛輔もみんなもちゃんと強かったよ。だから、謝らないでよ。」
それでも細い腕を掴んだ彼の手は放してくれなくて、凪沙はぼんやりとその体温を感じながら目を閉じた。
脳裏に焼き付いて離れないのは、今日の試合。体育館、声援、コートの中の選手たち、赤い音駒のユニフォーム、
周りより一回り小さく、しかし頼もしい彼の背中……。
「衛輔、触っていい?」
凪沙はそう呟いてから、言いなおす。
「触りたい。」
自分を捕まえたままだった彼の手に、自分のもう片方を手を優しく触れさせると、あっさりとそれは離れた。
それから、静かに彼の頭を胸に抱きしめる。
「凪沙?」
驚いた彼が声を漏らすが、今度は彼女が離さない番だった。
「謝るなんてずるい。私だって悔しいのに。みんなと同じで悔しいのに。」
お風呂上りの彼女の柔らかなぬくもりと、ふわりと香る優しい香りに、衛輔の身体がほぐされていく。
「見ないし、誰にも言わないから。私がこうしてたいだけだから。」
だから、泣いていいよ。