第10章 宮城遠征
(ケンカしてたけど、とっさに俺の名前呼んだんだよな。こいつ。)
そのことが嬉しいような、気恥ずかしいような複雑な気持ちが胸に溢れる。
(生意気だけど、やっぱりかわいいとこあるんだよなあ……。)
少しだけ前を歩く凪沙のことを見つめる。さっきの騒動のせいか、後ろ髪が少し乱れていることに気付く。
(触りたい……。)
黒尾に触れられたという悔しさもあり、衛輔はいつもなら我慢するのだが、その時は素直に右手を伸ばした。
「ぐしゃぐしゃになってんぞ。」
「え。うそ。」
絡まった髪を指でとかしてやってから、軽く後頭部をなでた。
「気を付けろよ。あと、犬岡はお前の言うとおり良い奴だけど、あいつも男だからな。それ忘れんな。」
衛輔はケンカ口調にならないように注意して、なるべく優しく言った。
「昨日からどうしたの。犬岡と何かあった?」
「何もねえよ。まあ、もし危なくなったらさっきみたいに大声だせよ。相手が誰でもぶん殴ってやるから。」
「衛輔って喧嘩っ早いよね。」
「うるせーよ。お前がちょこまかするからだろうが。」
ニヤニヤと笑っている凪沙の肩を衛輔が小突く。
「なに笑ってんだよ。」
「ううん。べつにー。守ってくれるんだなあって思ったらちょっと嬉しくなった。」
凪沙は、ふざけた調子でお兄ちゃんありがとう、と言って笑った。
(こんなんでドキドキするとか、大丈夫か俺……。)
衛輔はドクドクと高鳴る胸を押さえた。