第1章 朝焼けはその日の洪水
「ばっかやめろって」
「だからさーこの前の子いるじゃん?かわいくない?」
「きーてよもー!あいつマジ最悪」
男女の4人組がぺちゃくちゃとお喋りをしながら入ってきた。
先客の内2名がしかめっ面をして入り口を一瞥し、私を含めた他の者は各々の手元から顔を動かさずにいた。
何をしに来たのか。きっとこの場にいるあの4人以外は思っただろう。
ここは図書室、彼らのようにお喋りをする場ではなく、静かに本を読んだり、勉強をしたりするべきである。そこいらのファーストフード店と間違えてもらっては困る。
すうっと息を吸い込む。そしてゆっくりと吐き出し、このイライラを鎮める。
「すぅー・・・」
よし、落ち着いてきた。そもそもああいう人たちに盾つく勇気もないのに苛立つことはいけない。
「ねえ」
「ふぇっ」
低い声に呼ばれて、思わず変な声を出してしまった。
一つ席を空けた斜め前の男子・・・と言ったら失礼になるか、緑のネクタイをしているから3年生なのだろう。2年生の私からすれば先輩にあたる。
「な・・なんですか?」
「これ・・」
先輩が青色のリュックから取り出したものを投げて寄こした。
「耳栓・・?」
「新品だから。あげるよ、それ」
「え?」
そういうと同時に、リュックを持ち上げて真正面まで歩いてくる。
あれ・・この人見たことあるかも・・?
そう思ったのもつかの間、ぐっと背中を丸めて小さく右に耳打ちされる。
「うるさいでしょ、使って?」
それだけ言うと、そのまま出て行ってしまった。
パッケージされたままの耳栓を、なるべく音が出ないように開けて、耳へ差し込む。
音が聞こえなくなるのと同時に、先輩の低い、擦れた声がループする。
「反則でしょ・・・」
ぎゅっと手で握った耳が、赤くなるのを感じた。