第10章 後悔
『忘れられた肖像』
それは一年前のゲルテナの展覧会が行われた美術館から帰る時、なぜか気になっていた絵だった。
「何でだろう……もうちょっとで思い出せそうなんだけど……」
その絵をじっと見ながら必死に思い出す。
紫色の髪。
ボロボロのコート。
優しい笑顔。
レースのハンカチ。
色々な光景が浮かんでは消えていく。
「……? レースの、ハンカチ?」
確か……前の誕生日にもらったハンカチは、展覧会が終わった後に無くしてしまったはずだった。
じゃあ、何で今頭に浮かんだんだろう?
「貸して……あげた?」
その言葉を口にしたとたん、私が誰かにハンカチを差し出している光景が見えた。
ハンカチを渡されている人は、どことなく絵の人と似ていて――。
「……ギャ……リー?」
その言葉が鍵となっていたかのように、一気にあの時の記憶があふれだした。
『アタシ、ギャリーって言うの』
『……もう大丈夫よ』
『絶対にここから出ましょ!!』
『イヴ』
どうして忘れていたんだろう。
どうして忘れることが出来たんだろう。
私の名前を呼んだ優しい声を。
私を励ましてくれた暖かい手のぬくもりを。
いつでもそばに居てくれた、彼の存在を。
「……うっ、ギャ、リー……」
私は画集を泣きながら抱きしめ、絵の中の彼の名を呼んだ。