第11章 朝の二人
岩泉先輩が私の顔を覗き込んで、至近距離で目を合わせてくる。
「俺はお前が好きだ。シホは?」
咄嗟に答える資格すら見い出せない私の頬を、更にぎゅむっと押し潰して岩泉先輩は言う。
「俺のこと嫌いか?」
「……!」
優しく問いただすような声。
すぐに勢いよく首を横に振る。
掴まれて岩泉先輩の手首のところで固定された頬。
少し首が振りにくかったけど、岩泉先輩の手を振り切りそうなぐらい激しく振った。
岩泉先輩はよしっ、って頷く。
「じゃあただの元先輩か?」
首を横に振る。
「仲の良い友達か?」
首を振る。……違う。
岩泉先輩の優しすぎる声が、焦らなくていいから答えを出せ、って。
……涙が、また……。
「他の男と同じか?」
ポタッ……ポタッ…
溢れ出した涙が岩泉先輩の指を伝って、次々に水面に落ちていく。目の前の岩泉先輩がまたぼやけて見えなくなって。
涙でぐちゃぐちゃの顔をしながら、下唇を噛み締めて首を振った。
「それじゃあ、好きか?」
余計な言葉は付けずに、真っ直ぐ私を答えに導いてくれるその声に。
またごめんなさいよりも先に好きが溢れ出した私はきっと、どうしようもないくらい岩泉先輩が大好きで……。
それと同時に目先のことしか見えてない、どうしようもない女なんだろうな。
「好きっ……す、き…です…」
いつか必ず大きな不幸が降り注いで、今日の選択を悔やんでも悔やみきれない日が来ることを。
岩泉先輩を裏切ってまで多くのものを手に入れようとしたことが、間違いだったと思い知らされてしまうことを。
私はまだ考えもしていないけれど。
知っていてはきっと、得ることの出来なかった幸せが沢山あって……。
甘い考えなんだけれど、もしその不幸が訪れない未来があるのなら……。
私はその未来を進んで今日のこの選択を、間違いにはしたくないんだ。
「な?だから今は、それでいいんだよ」
優しい声と笑顔。腕を強く引かれて、岩泉先輩の腕の中におさまる。
抱きしめられた腕の中で声を押し殺して涙を流した。
温かい雫が岩泉先輩の胸を濡らすけれど、私でさえ何に対する涙なのかはもうわからなかった。