第11章 朝の二人
声に出さずに一度だけコクリと頷いた。
もし声に出したら、私はどんなふうに喋ってた?
声は震えたかもしれない。嬉しくて上ずった声を出してしまったかもしれない。
……その声一つで岩泉先輩との関係を壊してしまったかもしれない。
自分の心臓が早鐘を打ってる。どれだけ緊張して言葉を選んでいたのか、速すぎる鼓動が伝えてくる。
向き合って無くて、良かった。
今、岩泉先輩に見せられる顔をしてる自信がない。きっと最低な顔をしてる。
それなのに私がどんなに岩泉先輩を裏切って行動しようとしてても、岩泉先輩は真っ直ぐに言葉をかけてくれる。
「お前にばっかり負担かけて悪い。……絶対にお前のことを手放したりはしないから」
良心的な岩泉先輩の言葉が逆に、私の意思を責め立てる。
さっきまでは胸が熱くなって恥ずかしくなっちゃうような、甘くて幸せな言葉だったはずなのに……。
「それまで、お前も俺の隣から離れようとするなよ」
「……っ、ごめんなさい……」
「謝るな。お前は悪くないだろ」
「……ごめっ、なさっ…」
「泣くなよ」
ごめんなさい……っ。
体を向き合わせて涙を拭ってくれる岩泉先輩。私は顔をうつむかせて、岩泉先輩に顔を見せないようにする。
謝ってる理由が違う。岩泉先輩が思ってるような苦しみ方を私はしてない。違う……。
本当は涙を拭ってもらう資格なんてないのに、こんな泣いてる顔を見せられるわけない。
岩泉先輩が私を泣き止ませようとしてくれる言葉の全部が私の心を抉(えぐ)っていく。
「お前がいないのが、一番ツラいんだ」
抱かれるのを見るよりも、隣にいない事の方がずっと辛いんだ。岩泉先輩はそういうふうに続けて。
「シホ」
頬の当たりをむにゅっと掴まれて、半強制的に顔をあげさせられた先にいたのは、ぼやけた視界の先で笑顔を見せる岩泉先輩。
涙がこぼれ落ちてハッキリした視界の中で見たその顔は、ニッと歯を覗かせて瞳は真っ直ぐに私を捉えていた。
「……っ」
あまりにも純粋で真っ直ぐな笑顔に思わず息を飲んだ。
一瞬だけ……罪悪感とかごちゃ混ぜになってた感情を忘れてしまった。