第11章 朝の二人
目を閉じて応える。
唇が離れればまた優しく後頭部を押さえられて、何度も何度も唇が交じりあった。
お互いの唇を挟み合うように小さく口を開けて、触れ合えば柔らかい唇の感触。
「………」
唇が離れた後の岩泉先輩の顔を見れば、キスの熱に浮かされたトロンとした瞳が虚ろに私を見つめていた。
最後にもう一度長いキスを交わして、ゆっくりと唇を離した。
二人の間に言葉がなくなって、気まずい訳では無いけれど話す言葉が見つからない。
岩泉先輩は私たちを現実に引き戻すように、背を預けてもたれかかっていた姿勢を正した。
よっこらせ…と、岩泉先輩の小さなつぶやきが誰もいない空間で唯一私の耳元で響いた。
「……時間、まだあるよな」
「えっと……5時20分です」
混浴から見える位置の壁に掛けられた時計を見て答えた。
はっきりした時間を知ることもまた、私たちを現実に引き戻していく。
「6時までには部屋に戻る」
「わかりました……」
「……んで、少し真剣な話をしたい」
後ろから抱きしめられたまま、岩泉先輩の顔は見えないけれど、耳に近いところから体に声が響く。
でも囁く感じではなくて、落ち着いているしっかりした声だった。
……顔を見てないからこそ話せる内容なのかも、ってなんとなく思った。
岩泉先輩が顔を見ないことを選んで話してるっていうよりは、私がその真剣な話を顔を見て聞くのが怖かった……。
「及川のことだけど」
「……」
「お前、本当はどうしたい……?」
ついに聞かれてしまったんだ、って胸がドキリ……嫌な音を小さく立てた。
及川先輩の奴隷として、岩泉先輩の彼女として。
例え私が及川先輩や他の人間に抱かれても、気持ちだけは岩泉先輩の元にあるから……。
そう言ってなんと無く納得させようとしてた私達は、今まで一度もこの関係の核心について話し合ったことがなかった。
いつの日か、私たちは誰もまだこの関係に真剣に向き合ってないって思ったことがあった。
昨日の夜、岩泉先輩の中で私たちの関係に対する感情が変化してるのは、なんとなく察していたけれど……。
岩泉先輩は変えようとしてる。この関係を、ハッキリさせようとしてる。
意図的なのか無意識なのかはわからないけど、それは確かな事だった。