第17章 【偏り】
自室のベッドの上にて縁下美沙は正座をし脂汗をかいていた。言うまでもないかもしれないが目の前には義兄の力が立っている。いつもはどっちかといえば丸い方である目が細くなっている。しかも目に光がない。手には本日1-5で行われた数学の小テスト用紙、点数は50点満点中10点である。途中で公式の解き方がわからなくなったのが丸わかりの書きかけあるいは空白だらけの解答欄が続く。しかし最後の一問だけはまともに解答が書き込まれていた。
「美沙」
光のない細めた目で微笑まれて美沙は戦慄した。これアカン奴やと思う。しかし西谷も取っ捕まえるような義兄から逃れる術など美沙にはない。
「これは何だ。」
美沙はなおも脂汗をかきながら沈黙する。どの意味の何なのかがわからない。数学の小テストですという答えでない事は明白だが迂闊に答えると寿命に関わる気がした。自然と視線が逸れていく。
「こっち見ようか。」
頭を片手で掴まれて強制的に向かされた。恐怖しかない。
「お前ね」
力は静かに言った。
「数学苦手なのは知ってるし、父さんと母さんはお前を溺愛しててあんまどうこう言わないけどさ、俺は勘弁しないからな。」
「えと、つまり」
恐る恐る真意を問う美沙に力はやはり光無き瞳で義妹を見つめた。
「数式解く奴は中途半端ばっかり、幾何学系の問題ははなから真っ白、なのに何でBASIC(ベーシック)だけまともに解答出来てるんだ。」
美沙の脂汗は止まった。しかし今度は寒気がしてきた。
「誰にだって得意不得意はあるよ美沙、でもね偏りが過ぎるんじゃないか。」
もはや助けを求めたい気分だ、美沙はカタカタと震えだした。もし田中と西谷が見たら激しく同情したに違いない。
「ちょっと俺の部屋来ようか。」
「いやあの兄さん」
「口答えするつもりか。」
「ふぎゃああああああああっ。」
自室に美沙の叫びが響いた。