第15章 【玉の緒は】
まだ薬丸美沙だった少女は小・中学生の頃、よく同級生から捨て子の薬丸と悪口を言われていた。言われていた当時は困惑したものだ。少なくとも祖母から両親は亡くなったと聞いており、両親が存命中に自分を置いていったなどとは聞いていないからである。それなのに赤の他人が勝手に自分を捨て子などと言って蔑んでくる。そもそも捨て子だったらそれがどうしたとか何とか色々思う所もたくさんあった。
そんな旧姓薬丸美沙は中学の頃当人が知らぬ所で薄く他校にも知られていた。その様子を伊達工業の青根高伸はこう言う。
「中学の頃、練習試合した先で見た事がある。誰かに捨て子の薬丸とか言われて言い返していた。」
「何で黙ってたんだよ。」
青根と一緒に縁下になってからの美沙と会った二口が言う。
「あの時ははっきり思い出せなかった。どこかで見た気はしていたが。」
「あーそーかよ。」
「まさか名前変わって烏野に入ってたとは思わなかった。」
「そらあんまねえだろうよ。ん、でもおかしくね、あいつ親は死んだっつってたぞ。」
「それは俺にもわからない。」
わかったら怖いけどなと二口は呟く。
「幸せそうで良かった。」
青根は言った。
「ろくに思い出せなかったくせによくもそんな事言えるな。」
「あの時俺は何も出来なかった。」
「出来るわきゃねーだろ。」
「そうだが、また会ったのは何かの縁かもしれない。」
「名前が縁なんとかだからか、阿呆くせえ。どっちにしろ俺はあの半分ボケ苦手だわ。」
意外な所では白鳥沢の白布賢二郎かもしれない。
「関西弁風の捨て子の薬丸ってのがいたって話を小耳に挟んだ事があります。クラスの奴なんですが中学が一緒だったらしいです。話してた奴は高校になってからその薬丸が転校して苗字変わったらしいという事はうっすら知ってたみたいで。」
「何で捨て子なの。」
天童が首を傾げる。
「親は死んだって話だけど。」
「実は父親が生きてて子供を置き去りにしてたという噂が立ってたとか何とか。本人は言われる度に違うと怒っては揉めてたようですね。」
「何か深いネ。」
「そうでなくても浮いてたようで。工から聞いた限りホントに変な奴のようですし。」
「何気に熱くていい奴ですっ。」