第35章 【三度目の終わりと少しの未来の物語】
力がガバッと美沙を抱きしめ直し、そのまま美沙の視界は90度回転する。両親のもとから離れている今の住まい、その分箍が外れた力は遠慮をしない。2人は何度も抱き合い、何度も唇を重ねる。
「力さん。」
ふと気づけば義兄であった人の目に光るものが浮かんでいる。
「やっとここまで来れた。」
「せやね。」
「及川さんにウロウロされた時はどうしようって思った。」
「あれは私が一番びっくりやったよ、意外すぎやもん。」
「それから灰羽君とか山本君に気に入られて。」
「あれこそ一時の気の迷いやで。」
「白鳥沢じゃ牛島さん相手にボケをかますし。」
「私ちゃうもん、ボケはウシワカさんやもん。」
「伊達工の二口君とか青城の京谷君に餌付けされるし。」
「何で2人とも飴ちゃんくれたんやろ。」
「赤葦君は面白がるし。」
「それ兄さんが私がライブ配信してたんバラしたからちゃうの。」
「岩泉さんには不純だのべったりだの言われるし。」
「岩泉さんは容赦あらへんかったね。せやけど心配してくれてはったよ。」
「そうだな。烏野のみんなはどうかするとおちょくってきて成田も木下も止めてくれないし。」
「私はパソコン部のみんなが乗っかるから大変やった。」
「一番は美沙の本当のお父さんが来て」
「うん。」
「本当にお前を連れて行かれるかと思った。」
「私も怖かった。力さんから離されたら生きて行かれへんってホンマに思てたもん。今かて思てる。」
俺もだよと力は乱暴に涙を拭う。
「長かったよ。」
「色んなことがあったんやもんね。」
「お前が一番、だろうけど。」
「せやね。」
微笑む美沙の脳裏に今までのことが早回しで巡る。生まれた頃から両親がおらず祖母に育てられ外からは疎まれ続けた薬丸美沙だった15年、そこから祖母が他界し縁下美沙になって烏野高校に入ってから義兄の力と一線を越えて2年と少しの間だけでも薬丸だった頃にはなかった出会い、経験がたくさんあった。そうして大人になり、今目の前の人が兄から本当の意味で大事な人になったのだ。