第32章 【義兄妹、事後報告】
ボケ突っ込みをかます子供達に縁下夫妻は緊張がとけたのか微笑む。話はさらに続いた。美沙の実父は結局のところ子供ごと恋人をほったらかしたものの後からコソコソと経済的な支援はしていたらしい。それでも会おうとはしなかった為、美沙の祖母はいっぺんくらいは直接顔を合わせろという話をしていた。しかし一度相手が出来ていた関係か実父は当時首を振らなかったという。
「ばあちゃん、支援は受けてくれてたんや。結構プライド高い人やったのに。」
美沙はついつい呟く。
「それだけお前の事を優先してくれたんだよ。」
力が言い、縁下夫妻も頷く。そういえば祖母は美沙に少なくとも高校はちゃんと出したるからと断言していたし、パソコンやスマホにしても今の時代使えへんと生きてかれへんやろから遠慮せんでええと言っていたのを思い出す。
そんな美沙の実父が今回娘の所に来たのは感情面からかもしれないと縁下夫妻は言った。彼には珍しい事だが本当に会うだけ会いたかったのだろう。夫妻としては正直会わせたくなかった、会わせたらそのまま美沙を奪われるかもしれないと危惧もしていたという。幸い美沙はきっぱり断った上向こうも強制連行するような真似はしなかった訳だが。
「うん。」
ここで美沙は呟いた。
「とりあえず何かもう、他にも私の分からんレベルで色々あったんやろなって事はわかった。」
自分は確かに捨て子の薬丸と呼ばれてしまうような立場の子で祖母はそれで相当苦しんだのだろう。同世代から見れば異常とも取られかねない祖母の厳しさと過保護、その裏では美沙にわからない黒いものが渦巻いていたのかもしれない。
でも、と縁下夫人はまるで見透かしたようなタイミングで言った、なんだかんだあっても薬丸のおばあさんは自分達夫婦が訪れる度に美沙は絶対先に逝かせないと言っていたという。ふと美沙の脳裏に祖母の言葉が蘇った。
"ええか美沙"
いじめられて帰って来る度祖母はいつも言っていた。
"なんぼ阿呆が何かしよってもな、絶対こんなばあちゃんより先に逝ったらあかんで。"
そして亡くなる前、弱々しくもこう言った。
"今は絶対こっち来たらあかんで。あんたはちゃんと生きや。"