第31章 【義兄、危機一髪】
しがみつく義妹の頭をなでてやりながら力は優しく言う。
「大丈夫だよ、美沙。」
義妹は黙ってうんうん頷いた。排球部の連中から見えているのに力に抱きついたまま離れようとしない。余程切羽詰まっていたのがうかがえる。自分もまたそんな美沙を離さないまま力はまた美沙の実父と目を合わせる。
「お願いします、美沙を連れて行かないでください。この子はもう俺の妹です。俺はもう美沙がいなくなったらきっと生きていけない、もうそこまで来ているんです。」
美沙の実父は今度は声を上げて笑った。賢そうな顔して随分と面白い事を言うと言う。確かにハタから見れば電波な発言かもしれない、しかしここで臆してはいけないと力は思った。ここではっきり出来なくて何が美沙の兄貴だよ。
「何とでも。」
力は静かに言った。
「本当の事です。それに美沙だって。」
言えば義妹が呼応した。
「お願いやから私をこの人から離さんといて。私も兄さんから離されたらもう生きていかれへん。」
男子排球部の連中は真剣な顔で切実な思いを吐露する縁下兄妹を見つめていた。一番近くにいた木下と成田はもちろん、月島ですらだ。沈黙がながれて道端の空気が妙に張り詰める。やがて美沙の実父が両手を挙げた。ふぅとため息をつきながら降参だよ、と呟く。
「え。」
縁下兄妹の声が重なった。美沙の実父はやはり微笑んでいて、なるほど本気なのはよくわかったと言う。
「あの、」
力が言いかけるも美沙の実父は背を向けてさらりと時間取らせたねじゃあ、と歩き出そうとした。
「あのっ」
力は思わずそんな美沙の実父を呼び止めた。聞きたい事がある。それが何となく伝わったのか美沙の実父は足を止めて怪訝な顔をして力を振り返る。
「あ、あの、差し出がましいとは思いますがその」
力はたどたどしくも尋ねた。今になって足が震えている。
「辛くありませんでしたか、美沙のお母さんと別れてから。」
美沙の実父はどうしてと聞き返した。どこまでも人を食ったようなおっさんでしたねとは後日の月島の意見である。
「逃げた方が後がしんどい、と俺は思うので。その、」