第30章 【義妹、意志決定】
「あと、こんなとこでどないしはったんですか。」
実父といえど離れていたせいで身内の気がせず美沙は敬語で言う。言われた実父の方はしれっと会いに来たとのたまい、ついでに話がしたいと言った。
「ほな一緒にうちまで。」
しかし実父は首を横に振る。事情のせいか縁下夫妻には会いたくない模様だ。他の場所で話したいと言われて流石の半分ボケも警戒した。
「ちょお待ってください。」
美沙は肩から提げたガジェットケースをゴソゴソしてスマホを取り出す。
「それはそれで家に連絡します。」
取られたら困ると出来るだけスマホを自分に引き寄せて美沙は辛(から)くも操作を始める。すると実父はまさかの行動に出た。
「嫌やっ。」
抱き寄せられた美沙は叫ぶ。本能的だった。
「抱っこ嫌っ。」
抱っこの問題ではないが他に思いつけず美沙はとにかくそう声を上げてモゾモゾと抵抗した。抱きしめられる体温は暖かいはずなのに落ち着かない。匂いが違う。この人の腕の中にはいたくない。一方実父はどうしてと聞く。おそらく自分は本当の父親なのにと言いたいのだろう。
「兄さん以外は抱っこ嫌。」
うまい言い方ではないがとにかく美沙は言い張った。同世代でも嫌なものをよく知らない大人にされるなんて以ての外(ほか)だ。実父は兄さんと疑問形で返す。お前に兄さんなんていないよと言われて美沙は首を横に振った。
「おるもん。」
脳裏に浮かぶのは一線を越えてまで慕う義兄、縁下力の顔だ。
「兄さんがおるもん。」
実父はああ、あの家のと呟いて彼はお前の兄さんじゃないだろうと言う。
「兄さんやもん。」
子供のように—いや子供と言えば子供なのだが—美沙は膨れて食い下がる。
「あの人は兄さんやもん。」
本当は兄さんどころかもっと深い関係ではあるが美沙は繰り返した。
「私はあの人の妹やもん。」
実父は困ったような笑い方をし、美沙はとうとう切り出した。
「お父さんは私をどうしたいん。」
自分は縁下力の妹なのだと繰り返し言い張っている間に勇気が湧いてきたのか美沙は自然と敬語を忘れてしかし淡々と話す。