第29章 【義妹、情報収集】
「さっきも言ったけど学生の時短い間だけど仲良くさせてもらってた。卒業してからは全然会えなかったけど最後に一度だけ会った時に聞いたの、付き合ってる男と子供が出来たって。でも相手にフラれたって。」
おそらく谷地円はさらりと言うように努めたのだろう、しかしそれでも縁下兄妹及び娘の仁花には衝撃を与えた。特に美沙にはきつかった。
"捨て子の薬丸"
幼い頃から外の連中にそう言われ続け、親戚にもててなし子と言われ続け、自らは否定し続けたそれはやはり事実だったのだ。親戚はともかく外の連中にどうやって漏れたのかはわからない。ともあれ大人達の中で事情を聞きつけた者があちこちへ話をばらまき、結果大人達は薬丸美沙を異端視した挙句その態度は子供達へ伝染していったのだろう。谷地円は衝撃を受けた兄妹と娘にちらりと視線を向けてこう結んだ。
「それからまた会えないままに薬丸先輩が亡くなったって風の噂で聞いた。私が言えるのはここまでよ、もっと細かい事は今のご両親からちゃんと聞くべきね。」
「十分です、ありがとうございます。」
美沙にしては冷静に言えた。それでも体が小刻みに震える。
「美沙。」
力が呟き、そっと義妹の背を撫ぜる。
「泣かれても困るわよ、貴方自分から聞きたいって言ったでしょ。」
一瞬厳しく聞こえるように谷地円は言った。横で娘がオロオロしているが構う様子がない。
「そこにわざわざついてきてくれるお兄ちゃんがいて、家には大人になるまで貴方を手放さない構えのご両親が今いるんだから泣く必要なんてないわ。」
縁下兄妹は意図を汲みとった。お互いに目配せをし、顔は似ていないのに揃ってよく似た微笑みを浮かべる。そして縁下美沙は
「はい。」
背筋をしゃんとして返事をした。
谷地円は最後に古い写真を引っ張りだしてくれて美沙と力は美沙の実父の若かりし頃の顔を見ることが出来た。谷地円もまたいい思い出ではない為彼が写っていた大方の写真は廃棄したという。しかしたまたま残っていた1枚を何となく保管していたらしい。美沙はそれをスマホのカメラで撮らせてもらう。
「なんちゅうか」
とりあえずの目的が果たせて気が緩んだのか美沙はいつもの呑気な調子で言った。