第26章 【連れて行かないで】
ここで縁下力はガバッと飛び起きた。
「夢。」
ポツリと呟くその額には汗が浮かんでいる。目に映るのはいつもの自分の部屋、時間帯のせいなのか辺りは薄暗い。そんな中廊下からペタペタというしかし体重は軽そうな足音がして自室のドアがガチャリと開けられた。
「兄さん、どないしたん。」
お兄ちゃんとは言わない、今時の女子とは違う甘さ控えめの真面目な声音、愛してやまない義妹の美沙だった。その美沙はびっくりしたような顔で力のベッドに駆け寄り床に膝をつく。
「急におっきい声したから私びっくりして。」
「ああ、ごめん。」
力はベッドの端に乗せられた義妹の小さな両手の上に自分のごつい手をそっと置いた。
「変な夢見て叫んじゃったみたい。」
「ああ、そら気の毒に。」
美沙は言って上半身を力の方に乗り出す。頭を撫でようとしてくれたらしい。途端に胸の内で吹き出してきたものがあって力は素早くその体を引き寄せ無理矢理ベッドに上がらせた。
「ちょお、兄さん。」
恥ずかしそうに美沙が囁いた。しかし力は無視して義妹を抱きしめる。流石にお兄ちゃんとは言わないかと思った。甘えたモードが相当進行した時限定なのはわかっているがちょっとだけつまんないと思う。身じろぎする義妹に力はふと気づいた。
「ああそうだごめん、これじゃ冷えるな。布団の中入ろっか。」
「いやせやのうて(そうじゃなくて)」
やや抵抗を示す義妹、しかし力は聞くつもりがない。布団をめくって言う。
「はい、こっちにおっちんとん。」
「おっちんとん言うなっ。」
美沙が抗議するのも無理はない。力が使ったのは関西弁で「お座り」といった意味なのだが主に幼い子供に使われる。今時こんな物言いも珍しいかもしれないが美沙から祖母の話を聞く時にちょくちょくこの表現が出てくる為に力も覚えてしまった。
このように美沙が義妹になってからというもの力は本人に合わせて馬鹿ではなく阿呆を使ったり、強制的に義妹に言う事を聞かせたい時は先のように覚えた語句を使ったりするようになっていた。
「いいから、おっちんとんしな。」
「人をちっさい子みたいに。」
「何か言ったか。」
「ふぎゃあ。」
笑顔の圧力に屈し美沙は大人しく力の隣に潜り込んだ。