第26章 【連れて行かないで】
縁下力はまだ不安だった。義妹となった少女の実父、故人と聞いてはいるが実は生存しているかもしれない、そしてその実父によって美沙が連れて行かれるかもしれない。両親である縁下夫妻はひとり立ちするまではこの養女を誰にも渡すつもりはないとはっきり言っている。しかし両親でもどうにもならない流れがくるかもしれない。更に先日学校でも告げられた不審者徘徊疑惑はその力の不安に拍車をかけたのだった。
馴染みのようなそうじゃないような部屋、そこに縁下力はいる。力の前には小さな椅子に座る小さな女の子、その姿は薬丸美沙だった少女の幼い頃にそっくりだ。
「美沙はい、あーんして。」
力は女の子の口元にスプーンを持っていって食べさせる。女の子はあーんと口を開けて嬉しそうに与えられたものを食する。
「おいしい。」
「そう、良かった。はい、もう一つ。」
「あーん。」
「いい子だね。」
しばらく力はそうやって女の子に食べさせて、やがて女の子は満足したらしくにっこり笑う。そしてその子は力に向かって小さな両腕を伸ばした。
「お兄ちゃん、抱っこ。」
力もまた微笑んで女の子を抱き上げる。しばし力は女の子をよしよしと撫でたりして愛でる。女の子はすりすりと力に小さな顔を擦り付けて言う。
「お兄ちゃん、大好き。」
「俺もだよ、美沙。」
「ずっと一緒におってね。」
「いるよ、ずっと一緒に。」
女の子の頭を撫でながら力は呟き、歩き出す。
「いい子だね、美沙。」
女の子を抱えていつの間にかよくわからない田んぼっぽい所が続く道を歩きながら力は言う。
「本当にいい子だよ。」
歩いているうちにふいに背後から何かの気配を感じる。とてつもない悪寒が走り力は女の子を抱えたまま走り出す。逃げなきゃいけないと思った。追いかけてくる正体が何かはわからない。ただ、捕まれば今腕の中にいる女の子を取り上げられてしまうという事だけは漠然とわかっていた。全速力で力は走り続ける。しかし足がもつれて転ぶ。
「兄さんっ。」
腕の中の女の子の口調が変わった。追いかけてきた何かが女の子に手を伸ばす。思わず叫んだ。
「触るなっ。」
力はその名の通り力一杯叫んでいた。
「美沙は俺のだっ。」