第3章 気付くのはいつも突然*黄瀬涼太
「ボーッとしてどうしたの?」
ロケでの収録中、紙コップに入れた黄瀬への水をどうにかすることもなく、ただ持って立っていたれんに現地の女性スタッフが話しかける。
「それ、渡さないの?」
「あ、そうだ渡さないと…!」
反応が鈍くて様子がおかしいれんを、声をかけたスタッフが不思議そうに見つめていることには気付かず、れんはフラフラと歩き始めた。その足下にケーブルがあることには全く気づかないまま、れんは案の定足を引っ掛けて前のめりに倒れた。
「きゃっ…!」
咄嗟に目を瞑って、いずれ来るであろう衝撃に身体を強ばらせたが、れんの身体がぶつかったのは柔らかくて温かい物体。
しかも思ったより身体は傾いておらず、誰かが抱きとめてくれたのだと瞬時に悟った。
「あ、ありがとうございま…。」
れんは助けてくれた人物の正体には驚かなかった。いつも共に仕事をしている黄瀬だったから。
しかし、黄瀬の顔から胸辺りまで、水をぶっかけたせいで濡れてしまったのだ。
「は…ごめんなさい!」
「いや、全然良いッスけど…前見て歩かないなんて、どうかしたんスか?」
急いでハンカチを渡すと、黄瀬が自分の顔を拭く。
(…やばい私重症だ…見とれるなんて、どうかしちゃったのかな…?)
髪をかきあげる仕草にもドキッとしてしまう。
あんなことがあったからなのか。
さっきから妙にドキドキして、ずっと上の空だったのは黄瀬の存在のせいだったのだ。