第8章 わたしたち*緑谷出久、飯田天哉
「…」
「緑谷君…!」
あまりにも一瞬すぎて見えなかったが、飯田の一撃は緑谷に防がれたらしく、固く握られた拳は緑谷の掌に収まっている。
「早かったね。鍵を開けておいて正解だったよ。」
「緑谷君…答えろ!なぜ君がこんなことを…!」
「こんなこと?ああ…こういうこと…?」
(…!)
緑谷は怒りに満ちた飯田とは反対に、涼しげな顔でれんを引き寄せ唇を重ねる。
「んっ…」
「っ!おい…!」
飯田は咄嗟に二人を引き剥がし、れんを抱き寄せ緑谷を睨みつける。
れんは久々に感じた恋人の体温に頭が冷え、意識が底なし沼へと落ちていく感覚を覚えた。
…ごめんなさい…私に足りなかったものを見つけてしまったの…
飯田の額には青筋が浮き、腸は煮えくり返って頭に血が上っていた。
「君には失望した…兎に角、れんは返してもらう!」
貼り付けたような薄ら笑いで、緑谷は冷淡に告げる。
「返せって言われても、陽月さんはもう僕のものだけど…?」
「なっ!?」
色を失くした瞳に誘われて、れんは飯田の腕から逃れる。
緑谷の意のままに動くれんは操り人形のようだった。
れんは愛しそうに緑谷の首に腕を回し、小さく音を立てて頬に口付けを落とす。
「れん…!?」
闇の中に放り込まれた意識が、名を呼ぶ飯田の声に垂れた首を持ち上げる。
だけど、見えない。
黒い霧に覆われた世界で目を開けても、鮮やかな色を持つのは自身の記憶だけ。