第28章 《 side S 》 時間の使い方
わたしの今の目的は手芸屋
規模は大きくなさそうだけど一番知っている所に行くことにした
店に入ると優しい風がふわっと吹き付ける
初夏にふさわしいクーラーの涼しい風
店内を一通り歩き回った後、お目当の所に戻った
思えば裁縫道具は実家に置いたまま
そういえば必要だと感じることは何回かあった
例えば……
静雄がバーテン服に傷をつけて帰ってきたとき
ベストのボタンが取れたままってきたとき
あのほつれはまだ直ってない
ボタンもまだついてない
わたしは一番コンパクトな裁縫セットを手に取り、迷うことなく黒い無地のリボンを選んでレジに行く
「何センチにしましょう?」
「ああ、えっと……
30cmください」
30cm
その程度かな
40代半ばくらいの優しそうな顔立ちの女性は、わたしが買ったものを丁寧に袋に入れてつり銭の返却をしてくれた
ポイントカードも作ってもらった
小さな袋に包まれたリボン、
裁縫セット
それらが入った袋を手からぶら下げて、また忙しない街へ足を運んだ
池袋は今日も騒がしい
行き交う人々は焦ってたりのんびりしてたり、走って駅に向かったりゆっくり歩いてたり
それは仕事をしている人、フリーター、休暇中の人、様々だ
そんな中……あの人は……?
「おぉぉぉぉぉぉぉおおりゃぁぁぁぁ!!!!!」
ほら、またやってる
街灯は美しいと言えるほど綺麗に宙を舞っていた
過去のわたしならそれに近づこうとはしなかっただろう
じゃあ、いまのわたしは…?
姿の見えない彼の方へゆっくり進んで行く
街灯の飛んだ方向へ。
ドレッドで渋い色のスーツを身に纏った男性が、腕を組んで首を傾げていた
驚いたり、足早にその場から逃げる人々
明らかに他の人と違う彼の反応を見て、この人は静雄の関係者なのだと分かった
もしかして静雄がよく話してる上司かもしれない
静雄は取り立て相手が腰を抜かして、更に意識を飛ばしてしまったのを見てドレッドの男性に近づく
「すんませんトムさん……またやっちまって…」
肩を落とす後ろ姿をじっと眺めてみた
「良いんだけどよ……その、後ろの嬢ちゃん…どうかしたか?」
「へっ…?!」
わたしに気づいてたなんて…思ってなかった…