第5章 もう一度
少女にはくっきりと聞こえた
‘‘大事なもの” ‘‘返さなきゃいけない”
そんな優しげなセリフと裏腹に、
自販機を飛ばす男…
そこから逃げるファーコートの男、折原臨也。
その余裕そうな表情から、
臨也がからかったのは大体察せる
実際、静雄をからかう声はにも聞こえた
「バーテンさん…」
目の前を走り去っていく静雄
彼が去ってしまうことを寂しく思う
「追いかけなきゃ。」
コンクリートから道路標識を抜いて走る男
勿論、誰も近寄ろうとはしない
ただ1人、少女はそれを追いかけた
話をしたいがために、必死に追いかけた
高くないはずのヒールが痛い
‘‘もう、しんどい…”
少女は限界を感じた
追いかけるのは到底無理だった。
「バーテンさん!!!!!!」
その場に立ち止まって大きな声で呼んでも、彼は気づかなかった
その時、一台のトラックが道路を走る
静雄はそこで立ち止まってしまう
トラックが過ぎた時、すでに臨也の姿はなかった
彼女は息を切らしながら安堵した
今しかない…
今声をかけるしかない
ゆっくりと静雄に近づいていく
静雄は自分が元いた場所に戻ろうと、
振り返ってこっちに歩みを進めてくる
静雄はまだ臨也に対して‘‘腹が立つ”という顔をしたまま。
こちらを見る様子は全くなかった
気づけ、気づけ、気づけ…
二人の距離が大体1m圏内になったところで彼女は口を開く
「あ、あの…」
彼は見向きもしない
静雄との間に起こったのはただのすれ違い
臨也が静雄を怒らせていなければ、
の存在に気づいていたかもしれない
それに、彼女が発した声は自身が思っているよりも断然小さかった
耳をすましていても聞こえるかどうかというくらいに。
私はとにかくショックだった
喉元が苦しくなってくる
切ないような…そんな気分。
でも、あの言葉が忘れられなかった
‘‘大事なもの” ‘‘返さなきゃいけない”
連絡先も知らない、いつ会えるかも分からない
でもああやって言ってくれてた
自販機や道路標識は正直びっくりした
でも絶対に、悪い人ではないんだ…
少女は立ちすくむ
その間に、静雄との距離はますます離れていった