第5章 もう一度
悲しいときは周りの音や自分の意思がはっきりしない
でも、この時ばかりは…
この瞬間は、はっきりと分かった
なにかが落ちる音
私はそれに反応した
振り返ると、私たちが出会ったときにバーテンさんが掛けていたサングラス
落ちたことにバーテンさんは気づかない
自分の意思がはっきり見えた
声をかけたいっていう、私の本音。
今しかない、そんな気がした
「バーテンさん!!!!!」
落ちたサングラスを素早く手に取り、呼び止める
彼が振り向く
「お前……ずっと前の………」
「わたし、なにも怒ってないから…逃げないでください…」
バーテンさんが口元を緩める
優しい笑みを見せてくれる
「ああ、逃げねぇよ」
そうだ…この声だ…
「サングラス、落としましたよ」
なんだかとても嬉しくて
嬉しいはずなのに声が震えて
目頭が熱くなって
喉がキュッとなる
「お前も、これ、落としたぜ?」
彼がポケットから取り出したのは、可愛らしいストラップ
切れたはずの紐が綺麗になっていて、
古くてくすんでた部品も新しくなってる
涙で歪む視界に、見覚えのあるちいさなクマのぬいぐるみ
「これ…」
「壊しちまったから…作り変えた…。」
私はそれを手に取る
バーテンさんは自分の首元の蝶ネクタイを指差して、
その後にクマのぬいぐるみのリボンを指差した
「バーテンさんが、やってくれたの?」
照れ臭そうに頷くバーテンさん
やっぱり素敵な人だった
「お前があまりにも可愛かったからさ、返すのも緊張しちまって…
さっきの、見てたかな…俺、ちょっと力強いんだよ…」
「ちょっとどころじゃないですね」
私は嘘混じり気ない微笑みを見せた
「ごめんな…壊しちまって…全然違うストラップになったし…」
なんて優しい人なんだろう。
「わたし、この方が好きです」
クマのぬいぐるみのリボンを触りながらそう言うと、彼が、一番嬉しい言葉を言ってくれた
「俺、あの日に、お前に一目惚れしたっぽいんだよな。
もう一回会いたくてさ…ずっと、ストラップのこと謝りてえって思ってた。
‘‘無理に好きになってくれとは言わないから、俺が好きなだけでもいいからさ…
ずっと、そう言いたかったんだ、それだけだ。”」
バーテンさん、
私もあなたに惹かれてしまったみたい。
〜fin〜