第7章 鶴丸国永
「一期…起きてる?」
灯りを落とした部屋の中を、そっと覗いた審神者が声をかける。が、返事はない。一瞬迷いはしたがやはり心配なのだろう、静かに部屋の中へと入ると襖を閉め枕元に座った。卒倒したままの一期の顔色はまだ青白い。ふと不安になった審神者は、ふわりと優しく一期の額に触れる。意味もなく熱がないのを確認し、大丈夫だと呟いた。
「……あ、るじ…どの……?」
何とはなしに離れがたくて触れたままでいた手を掴むものがあった。薄らと目を開けた一期が、己に触れるものを確かめるように審神者の手を辿っていく。夢現のまま焦点の定まらぬ目で審神者の方を見、ホッとしたかのように表情の緩め両手で恭しく審神者の手を包むと、その手に口付けた。
「い、いちご⁈」
「お戻りくださいましたか…良かった…」
力なくふにゃりと笑うと、審神者の手を包んでいた両手から力が抜けた。慌てて一期を見遣ると、眠ってしまったようで規則正しい寝息が聞こえてくる。布団から出ている腕を中へと戻してやり、もう一度額に触れる。何度か頭を撫でると、審神者は小さな声で何事か呟いた。そして音を立てぬようそっとその場を離れると、部屋を出て襖を閉める。襖の向こうで眠っている一期に向けて、審神者は静かに言葉を残した。
「おやすみ一期。それから、ただいま」
音を立てぬように去っていく足音を聞きながら、一期は声に出さぬよう唇を噛んでいた。誰も見ていないとは言え頬が緩むのを止められない。鶴丸から連絡が来た時は醜態を晒したが、こうして思いもよらぬ幸運が舞い降りた。誰に聞かせるでもなかったであろう審神者の呟きを、何度も反芻する。
(どんなに遅くなっても帰ってくるよ、一期が待っててくれるから)
胸の内にジリジリと熱が滾るのを感じながら、一期は遠ざかる気配に声もなく語りかけた。
「おかえりなさいませ、主殿。良い夢を」