第5章 燭台切光忠
「今日は少し遅くなるから」
「どういうことですかなそれは」
今朝の本丸は冷たく静かな緊張感に満ちていた。食事は全員で、がモットーのこの本丸において、唯一例外なのが現世に行く日である。施設の開園時間に合わせて、審神者とその日一緒に出かける刀剣男士は一足先に朝食を取ることになっていた。後片付けもすみ、出かける支度をしていた光忠の耳に聞こえてきたのは呑気な審神者の声と怒気を孕んだ一期の声である。
「だからそのままの意味。今日はクリスマスの夜のショーの開始時間が30分遅いの」
「……門限の意味を御存知ですかな主殿?」
「だから先に言ってるじゃない、遅くなるって」
平行線を辿る両者の口論に一つ溜息を落として、光忠は二人の間に割って入った。
「大丈夫だよ一期君。今日は僕の番だから早目に帰ってくるよ」
夕食の準備もあるしね、と光忠が続けると審神者は頬を膨らませる。
「せっかく新しくなったショー見ないで帰るとかありえないから」
「だけど今日は僕と主が二人ともいなくなるんだよ?厨番が二人もいないと大変だし」
「今日は休日です。出陣も遠征も内番も休みなんだからいいでしょ?」
全く退かない審神者に光忠は呆れ、一期はさらに怒気を高めた。そこへたまたま通りがかった歌仙が口を挟む。
「まあまあ二人とも、主は今日の為に必死で仕事を終わらせたんだ。ご褒美だと思って少しだけ見逃してやってくれないか」
「さすが歌仙‼︎わかってる!」
「主は少し黙っててくれないか」
援護射撃のはずなのに、何故か黙らされた。解せぬ、と顔に書いて審神者は口を噤む。歌仙はそれを見てうなづくと、一期を宥めるように言う。
「厨番なら僕が仕切るし、短刀達も手伝うと言ってくれている。それに主は今日をとても楽しみにしていたんだ。この季節の景色が一番好きなんだそうだよ」
だから少しくらい遅くなっても責めないでやってほしいと続ける歌仙に、光忠は驚きつつもうなづいた。主が自分と出かけるのを楽しみにしていてくれたのは悪い気はしない。一期の心配もわかるが、ここは主の味方をしておこうと決めた。
「なら歌仙君のお言葉に甘えて少しゆっくりしてこようかな」
「良く言った光忠‼︎」
調子に乗る審神者を一瞥して、一期はまた一つ溜息を落とした。