第2章 消えた大樹
とても小さな苗木のころ、ここは沢山の木々が生えていた、大きな森林だった。
毎日多くの会話が飛び交い、しとやかに笑う声が聞こえる。そんな場所。
まだ若かった自分は、その木々の会話にはついていけなかったが、それを聞いているだけでも幸せだった。一人じゃなかった。
少し大きくなってきた頃だった。
突然、南の方から、黒い気体と嫌な匂いが流れてきた。
その途端に、大人の木々達はざわめき出し全員が同じ方向を向いているようだった。
その時、まだ自分は背丈が小さかったため、大人たちがなにを見て、何に対して喋っているのかは見当もつかなかった。
が、その時、確かに大人たちの言葉から聞こえたその単語は、今でも自分に恐怖をあたえる。
―――山火事―――
自分たち木々にとって最悪の災害だった。
特に木々が密集しているところでは、木から木へと死の恐怖となる炎を伝えていく。
―――身動きも取れず、じわじわと焼き殺されていく気分はどんなものなのだろうか…。
想像もしたくなかった。だが、その時の大人たちの悲痛な悲鳴を聞いてしまっては、想像をすることなど安易なことだった。
―――熱い! 嫌だ死にたくない!―――
―――苦しい苦しい苦しい!!―――
―――やめろ! こっちに火を移すな!!―――
あんなに仲良くしていた木々達は、この『山火事』の間で大きな亀裂が入ったような空気になった。誰もが自分の事を最優先した。
だが、どんなに叫んでも、どんなに嫌がっても、動けない自分たちにとって死は目に見えていた。
それなのに………。
幸か不幸か、自分はあの森林の中で一本、生き残ってしまったのだ。
炭になった大人たちを見て、自分はどうすることもできなかった。
ただひたすら、音にもならない嗚咽をもらしながら、流れ出ない涙を憎むことしか出来なかった。
やがてその炭は灰になり、自分の幹や枝を育てる肥料となった。死んでいった大人たちが自分を成長させたのだ。物理的にも、精神的にも。
最初はどうしようもなく寂しかった。光を知ってから闇に落とされるのは、最初から闇にいるよりも辛い。
―――誰かを待っても、誰も来てはくれない。
いつからかそう確信した自分は『寂しい』という感情をどこかへ捨ててきた。
―――はずだった。