第1章 罪深き河童よ
*
「ごめんね……無能で馬鹿なお母さんで、ごめんね」
相変わらず横たわったままの女は、一層深く悲しみに暮れていた。初めはただ悪阻で体調を崩す事だけが妊娠の事実を突きつけていたが、今は違う。大きく重く膨れる腹は存在感を増し、そして内側から伝わる赤子の動きが「命」を主張していた。どうしようもなく愛おしいのに、どうにも出来ない無力感。潰されそうなくらい苦しい。子を失う想像だけでこんなにも辛いのなら、きっと我が子の死を見れば自然と昇天してしまうような気がした。だが、彼女のように若い人間がそんな方法で死ねないのは理解している。だから彼女は腹に向かって今晩も誓うのだ。
「せめて寂しい想いはさせないから。貴方が殺された暁には、お母さんも貴方に追い着くからね」
だから大丈夫、と息の下で呟けば、女は布団の中で目を瞑る。夜も深く、目を瞑ろうが瞑るまいが、瞳に映るのは闇だけである。まるで己の人生を象徴しているようで、何処か虚しさを感じた。
「曲者だ! 引っ捕らえよ!」
敷地内からの突然の声に、女は顔を上げる。何者かが侵入したようだ。心当たりのある女は慌てて上半身を起こす。ここ毎日と言って良いほど彼女を尋ねる侍に違いないからだ。この数ヶ月、見張りの目を掻い潜って女に他愛のない話をしてくる彼は、珍しく侵入にしくじったのかもしれない。
いつも優しく語りかけてくれる男は、自分が自害をしないように見守ってくれているようだった。己の死の願いとは裏腹に、彼から与えられる心地よさに甘えてしまっていた事に気づく。仮に彼が捉えられたとして、せめて男を見逃してもらえるよう、女は主人に掛け合おうと即決する。
重たい腹を支えながらなんとか布団から出ようとしたその時、スパーンッと勢いよく屋敷の襖が開かれた。
「あ、どーもすいませーん。嫁と子供を迎えに来たカッパでーす!」
「……っえ?」
「お、久しぶり〜。元気してた〜? 今まで一人にしてゴメン、ゴメーン。いや、ちょっとさ〜、マイホーム建ててたら九ヶ月近くも経っちゃって〜。迎えに来るの遅くなっちゃったー、テヘペロ〜」
「あ、なたは……」
「貴方に惚れて、妊娠させたカッパでーす」