第8章 少しだけ震えた彼の肩
城中でのお仕事が終わり、いつも通り定時5時の帰宅。一応公務員である私は、ブラック企業になんてなり得ない自らの就職先に感謝しつつ路地を歩いていた。
びゅう、と吹いた北風に、ぶるりと体を震わせる。歌舞伎町に引っ越してきてから初めての冬だ。冷えるし、今日は鍋にしようと思いながら、白菜やらなんやらを買うため、スーパーに行くための路地を曲がった。
この道は細くて狭く、日当たりもない。薄暗くて人通りもない砂利道だ。冷たい風に煽られるようにして早足で歩いていると、地面に赤いものを見つけた。
それは点々と続いていて、私は寒さとは違った意味で身を震わせた。
これは、もしかして、幽霊とか、そういうものなのか。
はっきり言って、私は心霊とかが得意ではない。きっと映画だったら、真っ先に逃げ出して見せしめに呪い殺されるモブAの役がピッタリだろう。
でも、気になると言えば、気になるわけで。
そっと血の跡を追っていけば、私の目には信じられないものが飛び込んできた。
「……っ、そ、総悟…くん…?」
「ん………っ、はぁ」
黒い隊服で目立たないが、たしかにその血の跡は彼の目の前で止まっている。そして総悟くんは、ぐったりと壁に身を預けて、私が声を出すと、ゆっくりと目を開けて私を見た。
「ね、ねえ、この怪我っ……!救急車、呼ばないとっ」
「……いや、大丈夫でさぁ。もう血は止めたんで……でも、いかんせん血を流しすぎたらしいんでィ…情けねェや」
「じゃあ、真選組に戻ろうっ!タクシー呼ぶから、ちょっと待って!」
路地を出るために走り出そうとしたとき、彼にぐっと手を掴まれた。
「行かないでください」
「総悟く………そー、ちゃん……?」
「僕は…強くなりました。今度こそ守ります。だから……行かないでください。僕から、俺から_____離れないでください。置いてかないでください」
姉上。
そう、私を通した誰かに告げる総悟くんは、泣きそうに表情を歪ませていた。