第5章 過去も未来もすべて
「今日はありがとう。じゃあ、また明日ね」
「はい。………あの、美和さん」
「え?」
「…… いや、何でもねェ……。忘れてくだせェ。じゃあ、また」
当たり障りのない話をして、城下をぶらついた。そして6時ごろになり、いつものように家まで送ってくれた総悟くんは帰っていく。その後ろ姿を、家にも入らずにも見ていれば、突然声がかけられた。
「アンタ、なに突っ立ってんだいこんな所で」
「お登勢さん……」
「……分かったよ、ウチに来な。今日くらいツケといてやるよ」
「えっ!?」
「いいから来るんだよ!若い奴が老人の誘いを断るなんざ身の程知らずもいいとこだ」
いつも私が年寄り扱いすれば怒るくせに_____。とにかく、こういうときだけ年寄りの権限を使うのは良くないと思う。実に。
でも、お登勢さんは人のことをよく見ている人だから。私のことを気遣ってくれたに違いない、と少し申し訳なく思いつつも、お登勢さんの後ろ姿を追いかけた。
「美和様、ストレスが溜まっているように感じます。恋の悩みというものですか」
「コレダカラ顔ダケノ女ハ悪イ男ニ捕マルンダヨ」
「キャサリンもたまも、野暮な詮索してんじゃないよ!ほら、飲みな。今夜はツケだって言ったろう?」
「……ありがとう、ございます」
店の中の落ち着く雰囲気や、お登勢さんの気遣いに、私はポツポツと話し出していた。
「私、隠し事があるんです。それを話したからといってどうなる訳でもない事なんですが_____私の中のトラウマが、ずっと私を縛り付けているんです。忘れろと言われたのに、忘れる事なんてできなくて……歌舞伎町の皆さんに話してしまいたくなるんです。でも、話したくないという気持ちもあって_____すみません。何を言っているか分からないですよね」
「あァ、確かによく分からないね。だけど、よく聞きな美和」
お登勢さんの声に俯いていた顔を上げる。
「簡単な事さ。話したいときに話しゃあいい。話したくないなら黙ってりゃあいい。 話したからって周りの人間はどうなる事はないさ、ここは歌舞伎町だからね。アンタのやりたいように生きな」
その言葉は、私の胸にジンと染み込んでいた。
それからしばらく呑んで、ご飯を頂いて良い時間になったころ、私はお店を出た。
そして、その数秒後、夜のものではない闇に包まれる事になった。