第1章 1
「うん、いいね。じゃあ夜の9時頃行こうか」
カルマの絞り出したかのような明るい声が静かに響いた。
いつだっただろう?
渚の時間が止まってしまったのは。
パンデミックが起きてまだ間もない頃だ。
彼が吹奏楽へ入部するきっかけとなった憧れの先輩が奴らの仲間となって、渚に襲いかかってきたのだ。咄嗟に彼は園芸部が使用していたシャベルで彼女の頭を叩き割った。
そのショックで渚の心は耐えきれなくなり、精神が退行してしまった。
だから彼の中ではパンデミックなど起きていない。学校は平和で、生徒も教師もいる。失ったはずの日常の中を過ごしているのだ。
これにはカルマと茅野は戸惑ったが、残酷な現実から逃避できて、渚も元気でいてくれるならそれでいいと結論づけ、二人は渚に合わせている。
妄想で現実を遠ざけたところで、長続きはしない。
すぐに破綻して症状が悪化するだけなのだが、二人には渚を責めることなど出来なかった。