第5章 君は僕と会わないほうがよかったのかな(二口 堅治)
大通りを渡るために信号待ちしていたら、
向こう側に立つ一人の女性を見つけて俺はドキリとする。
凪沙だった。
もうすっかり暗かったし、かなり離れた距離だったし、
髪型も服装も俺が知っているものとは全然違うのに、
俺は確信をもって凪沙だと認識した。
そしてもう一つ、圧倒的に俺の知る彼女とは異なる点があった。
彼女は、子供を抱いていた。
「寒いね、風邪ひかないようにしなきゃね。」
子供に視線を送る彼女からはそんな声が聞こえてきそうな気がした。
かぶせていた帽子を直してあげてから、彼女は視線を上げる。
こちら側の信号をみている。
どうする?
このまま俺がそちらに渡れば、すれ違うことになる。
気付くかもしれない。声をかけるべきか?いや、でも何て?
俺は激しく動く心臓を抱えたまま、足を動かした。
ここで渡らなくても、もっと向こうの信号で渡ればいい。
俺は、凪沙から視線を逸らし、大通りに沿って歩き出した。