第3章 東峰、部活やめるってよ。(菅原 孝支)
「藍ちゃん、私、演奏がんばるから。」
練習前、指揮台に立つ彼女に寄って行ってそう言うと、
「なに、急に。どうかした?」
藍ちゃんは驚きと茶化しの入り混じった表情を見せる。
「うーん。身の程を知ったというか、現実に戻ってきた感じ。」
「菅原君のこと?」
「まあ、いろいろ。」
私はこみ上げる感情を胸の中に押し戻して、力のない笑顔を作る。
藍ちゃんはふーんと一度頷いてから、私の肩ポンとたたいた。
「ナギは高音の主力だからさ、やっぱり本気出してもらわないと困るよね。」
「うん。ごめん。」
「思ったより早く戻ってくれてよかった。
最近ちょっとひどかったもん。
ありえないとこで音外すし大事な入りは合わないし連符は追いついてないし。」
藍ちゃんは容赦なく指揮棒で私の頬をつついた。
地味に痛いですけど……。
「ほんとごめん。」
私は謝るしかない。でも、そんなにひどかったか……。
自覚なかったけど。
「ここから追い上げてよ。」
「もちろん。」
私は頷いて席に着く。
彼女はそれを確認して、指揮棒を挙げた。
楽器を構える。
息を深く吸う。
演奏が始まる。
こんなに集中しているのは久しぶりだ。
あの絆創膏は、今も大事にとってあるし
菅原君のことを思うとまだ胸は切なくなるし
空回りした自分を思い出すと叫びたくなるほど恥ずかしい
私はこの気持ちを抱えたまま春を迎える。
音楽室の窓から、ふっくらとした桜のつぼみが見えた。
『東峰、部活やめるってよ。』Fin.