第20章 三月の微熱(花巻 貴大)
「せんぱーい、卒業式、はじまっちゃいましたよ。」
目を開けると、早川は立ち上がって体育館の方を指差している。
「パンツ見えるぞ。」
「残念でした。見せパンですー。」
軽やかに笑って、彼女は俺の隣りに座る。
「お前、今日どうしてここ来たの。俺がいるって思ったの。」
「……確信はないですけどね。いたらいいなーとは思いました。でもサボるつもりはありませんでしたよ。すぐ戻るつもりでした。」
「俺は、お前が来ると思ったから来たよ。」
腹に力を入れて、上体を起こす。
彼女の方を見ると、案の定驚いた顔をしている。
風がふいて、早川の長い髪が揺れるが、彼女は微動だにしない。
なんて顔してんだよ、と笑いを堪えながら、手をのばして顔にかかった髪を耳にかけてやる。
「俺に、なんか言うことあるんじゃないの。だからここに来たんだろ。」
みるみる赤くなる頬がおもしろくて、俺はぷっと吹き出してしまう。
「ええと……。」
ああ、あの日と同じだ。と思う。緊張して震える声も、がちがちに固くなった小さな身体も、あの日のままだ。
「俺はあるよ。早川に言いたいこと。」
俺の声も震えている。もう早川のこと笑えねえな。
俯いていた顔を上げた彼女と、視線を合わせる。
「すきだ。」
日差しを受ける背中に、じんわりと熱を感じた。
「三月の微熱」Fin.