第19章 Long goodbye(木葉 秋紀)
「俺さー」
「ん?」
頬杖をついた木葉が、上目づかいで私を見る。女子かよ。
「英語の授業で、教科書読むじゃん。あれ、お前が読むの聞いてるの好きだったんだよなー。」
「……は?」
「いや、耳触りがいいっていうか。後ろから聞こえるお前の発音と声、いいなって思ってて。
だから、もっと当てたれーって思ってた。」
「なにそれ……。」
木葉はにっと歯を見せて笑う。
突然の爆弾発言に、私は何と答えればいいのだろう……。
「私もね、木葉のそのほっそい目、好きだったよ。」
「なにそれ嬉しくねーし。」
知ってる。目が細いのコンプレックスって言ってたもんね。
「あとねー、耳。耳もかわいい。」
「耳?」
「うん、耳たぶ小さくて綺麗な形だよね。」
「マジで?俺の耳イケメン?」
「うんうん。イケメンだよ。耳が。」
「わざと言ってるだろお前。」
このやろ、と大きな手が私の髪をクシャクシャにする。
何が楽しいんだか分からないまま、二人でしばらく笑い合っていたら
「木葉ー!いるかー!?」
教室のざわめきにも負けない大きな声が、彼の名を読んだ。
入口に立って、背が高いからだろう、ドアの梁に手をかけている木兎くんの姿が見えた。
よく見ると、他の部員もマネージャーもいる。
バレー部みんなで集まって打ち上げでもするのだろう。
「おー、今いく。」
木葉が返事をして、私の席から離れる。
鞄に荷物を詰め込んでいるのを、私はぼうっと眺める。
「じゃ、俺行くわ。」
「うん。」
私は頷いて手を振る。
いつもなら、またな。って言うけれど、今日はそれもない。
あっさりしたもので、木葉はそのままバレー部員たちの元へ小走りで行ってしまう。
現実なんて案外こんなものだ。
仲間に背中をどつかれ、さらさらの髪を揺らす後姿に向かって、最後まで言えなかった言葉を、私はそっと呟いた。
あなたのことが、好きでした。
『Long goodbye』Fin.