第17章 てのひらの恋(澤村 大地)
4年の早川凪沙はうちのゼミで少し有名だった。
「澤村君が飲み会来るなんて、珍しいね。」
すでに呂律のまわらない様子の彼女は俺の隣りに座った。
手に持っている飲みかけのグラスには、透明の液体。柑橘系のサワーだろうか。
「あー。まあ、たまには顔出しといたほうが良いかと思いまして……。」
俺は少し距離を取って座り直す。
早川さんは、ふーん。とつまらなさそうに枝豆をつまんだ。
キラキラとしたネイルの塗られたその指先を眺めながら、俺は彼女の噂を思い出していた。
ゼミの飲み会は定期的に開かれていた。
俺はそんなに頻繁には出ていないけれど、そんな俺ですら知っているのだから、ここにいるほとんどの人間は知っているのだろう。
“早川凪沙は、尻軽のビッチである”
先輩の何人かは実際にそういうことがあったと自慢げに話していたし、
俺と同じ3年の藤村も半年前の飲み会の後ホテルに誘われたと言っていた。
彼は途中で怖くなって逃げたとらしいが。
明るくて、社交的で、顔もかわいい。普通にしていても目立つ彼女にそんな噂がついて回れば、それはもうちょっとした有名人だ。
だから俺は、なるべく彼女とは関わらないでおこうと思っていた。
面倒事に巻き込まれるのは避けたい。