第5章 桜並木に包まれて
千里side
ゆっくりと痛みと共に、宗の唇が離れる。
肩にくっきりと痣のようなものが残るが、何も感じなかった。
「悪ィ、痛かったな。」
宗は申し訳なさそうに謝るが、この契りを望んでいるのは自分だ。
宗は悪くない。
千里は静かに首を横にふった。
「姉上の痛みに比べたら……あの頃の痛みに比べたら……こんなの痛いうちに入らない。」
哀しみと憎しみが混じりあった、切な気な声。
その声は宗の心を縛り、きりきりと痛めた。
「……宗……、私闘うよ。どこまでも。」
潤んだ瞳が宗をさらに揺さぶった。
この吸い込まれそうな瞳。
宗は彼女の頭に手を伸ばし、撫でた。
彼は蛍のように儚く、優しい笑みを浮かべる。
この顔は宗が普段見せない顔で、彼女にだけ見せる表情だった。
愛しそうに、そして壊れ物を扱うように。
千里もくすぐったそうに首をすくめ、目をぎゅっと閉じる。
宗は一通り気がすむまで撫でた後、ゆっくりそばを離れた。
宗の着物と畳とが擦れる音が、静かな空間に響く。
「メシにしよう、なめこの味噌汁もある。」
「ほんと!?」
「着替えてこい。」
そういうが否や、すっ、と襖が閉じられる。
千里はそれを確認して布団をたたみ始めた。
朝御飯も作って、気がついたら私のそばにいて……、寝てるのかな。
そう思いながら、久しぶりに美しい着物が枕元にあるのに気がついた。
薄紅色の、桜をあしらった女物の着物。
剣をふることに躊躇いはなかったが、美しい着物を着れないことは多少の未練がある。
宗がそんな千里の様子を察して、たまに用意してくれるものだった。
宗には何でもお見通しだね。
細く白い指が着物にふれる。
それと同時にちくりと肩の痣が痛んだ。
宗……約束だよ。