第15章 偽りの愛
「どこかにいる十四歳から十五歳の野菊という女の子を救ってほしい。」
はぁ?という顔をする宗と呼ばれた男。
その表情はイラつきを感じさせた。
「卑怯でたちの悪いお願いってこともわかってる。でも…でもっ…!」
自分は家族のためにここから逃げる。
自分の大切な人と天秤にかけて、捨てようとしている野菊を他人に頼むのは卑怯で姑息だ。
でも、それでも。
「あの子は、まだ死んじゃいけないの!!!!!!」
お願いっ…
掠れた声で男の背中の着物にしがみつく。
「あの子はまだ死んじゃいけない!あのままあの子が幸せにならないなんておかしいわ!」
お願いだから。
「あの子はいま一人ぼっちなの!あの子のそばには誰もいないの!そんなまま死ににいくなんて許されない!たくさんの女たちを助けてきたのにあの子だけ幸せになれないなんてっ…野菊だけ幸せになれないなんてっ…そんなのおかしいっ!」
だから…だから!!!
「お願い!あの子を、野菊を救って!」
あの血がまとわりつく地獄から!!!
美都の切実な願いが悲痛な声になってその場に響く。
その目はどこまでも深く、どこまでも真摯で。
微かに宗と呼ばれた男の肩が揺れた。
迷いと、戸惑いと、それでいて何かに期待するような_____そんな雰囲気を纏って。
美しい赤色の唇が柔らかく動く。
「わかった。」
だから行け、そういって美都の肩を紀一郎の元に押す。美都の瞳は今にもまた涙がこぼれそうなくらい潤んだ。
美都姉。
ちいさな紀一郎の声にまたハッとする。
そして吹っ切れたかのように笑い、着物の裾で涙をぬぐった。
そしてまた_____…
「行きます!!!!!」
野菊を託した、そんな思いで宗と呼ばれた男の背中を叫びながら叩く。
届け、そう願いを込めて。
それに少し驚いたような表情を浮かべた彼は前につんのめったあと、後ろを振り返った。
けれどそこにはもう必死になって前を向き、走り去る暗殺者(アサシン)達の背中が見えただけ。
そのなかでも最後尾にいる二人の姉弟は仲良く、手を繋いで駆けていった。
「守りきれよ、紀一郎。」
宗と呼ばれた男はその姿を見送ったあと、視線を前に移す。
「さぁ、逆襲といこうか!」
そして彼は二つの名を呼ぶ。
妖怪たちの名を____
「来い!雨龍!雪螢!」