第15章 偽りの愛
がくん、とバランスを水仙は崩した。
同時に主人の顔がぐにゃりと崩れる。
「美都姉だめだ。罠だよ。」
落ち着いた大好きな声に美都はハッとした。
理性を失い、まんまと彼の挑発にのるところだった。
でも、でも…でもでもでも!!!
「野菊がっ…私の妹分が生きてるのっ…助けなきゃっ…私のせいでっ…助けなきゃっ!」
気がつくと、泣いていた。
涙がいくつも頬を伝っていた。
子供のようにしゃっくりをあげながら美都は泣く。
「野菊、私のせいでっ…。」
私たちの知らないところであの子が私たちを助けてくれたいた_______そんなことは主人が言葉を続けていなくても美都は理解した。
ならば尚更あの地獄から助けなきゃ。
助けなきゃ野菊が今度こそ死んでしまう。
あの冷たい目に灯った覚悟が消えているというなら、彼女は死を受け入れてしまう。
不条理を受け入れてしまう。
視界が歪む。
涙が後から後から溢れて止まらない。
気がつくと美都だけではなく、他の暗殺者(アサシン)達も立ち止まっていた。
迷っている、皆。
家族は大切だ。
でも共に戦ってきた仲間を捨てていけば、自分達の半生を捨てることになる。
美都は絶望した。
ここから逃げても、逃げ出しても多くの苦しみが彼女を襲ってくることに。
「美都姉っ…!」
悲痛な紀一郎の声が聞こえる。
掠れた言葉は感情を押さえたかのような叫びだった。
それに対して男は覇気のなくなった彼女たちを見てまた笑う。
さて、これからこいつらをどう使おうか______。
野菊と同じように火炙りでもいい。
野菊と同じように水のなかに重りをつけて落としてやろうか。
それとも私の相手をしてもらおうか。
殴って蹴って歩けなくするのもまた酔狂!
そんなどす黒い願望に心が踊った主人が舌をなめた____________その時だった。
「死ね。」
どこからか、凛とした男の声が響いた。
それに気付き視線を上にあげる美都。
そこで彼女は大きな黒目をさらに見開く。
薄い紫色の髪をした男が自分達をかばうように目の前にいたことに驚いたのだ。
そして少し視線をずらせば…
ゴトッ…!!
先程まで饒舌に喋っていた男の首が胴体から落ちた。