第15章 偽りの愛
ふわりと香る彼の匂い。
振り向かなくとも美都には分かる。
弟の温もりを忘れることなんてない。
「き、いちろ……。」
震える唇で彼の名をもう一度呼ぶ。
血で汚れた手を、彼が回してくれた腕に縫い付けた。
鼓動が体を通って伝わってくる。
「美都姉……生きてる、俺も姉さんも生きてるよ。」
紀一郎は震えを隠すように力強く、言葉を紡いだ。
「うん……うんっ……!!!」
ポロポロと美都の肌に涙が伝う。
穢れのない涙はいつの間にかおおっていた心の暗い闇を雨となって流した。
その二人を見て安心したのか、崩れ落ち、同じように泣き出す仲間たち。
多少の怪我など気にすることなく、真っ赤な顔をして、上を向いて大声をあげる。
皆子供のように泣いた。
血のにおいのする殺戮の場で。
やっとこれからは自由だと、皆見えない輝かしい未来に思いを馳せた。
____________けれど。
「ケケケっ……何してるのかなぁ、僕の商品たち。」
一番、聞きたくなかった声。
一番、恐れていた声。
それが響いたのと同時に感じる大量の気配。
「……れっ……!!」
気がつけば美都は紀一郎を自分の背中に隠し、ここにいる仲間たちに向かって叫んでいた。
「走れ!早くっ!」
皆の止まった一瞬を戻すように美都は叫ぶ。
弾かれたように皆は剣を構え直し、本当の敵を見据えた。
けれどいますべきことはそんなことじゃない。
「走りなさい!皆!」
美都は冷や汗を額に浮かべながら叫ぶ。
敵の数が多すぎるのだ。戦っても勝ち目はない。数だけ揃えた様子もなく、敵の瞳は殺意で満ちている。
腕がたつ者であると言う証拠だ。
そしてそれは美都だけではなく、他のもの達も理解していた。
「でも、頭っ……!」
けれど彼女たちは逃げることが出来ない。
「頭を置いてはいけない…っ!!!」
ずっと自分達を支えてくれた彼女を。
鼓舞し続けてくれた彼女を。
ここにおいていくなんて出来ない。
「皆…っ。」
「頭もっ…頭も走るんだよ!」
そう遊女たちが言うのと同時だった。
武骨な男の手が美都の手をとる。
「紀一郎っ…!」
「走って姉上!」