第15章 偽りの愛
"脱出用のゲートがある。"
あれから少しして、水仙達は紀一郎が言った脱出ゲートの前にいた。
一見壁のように見えるソレは紀一郎が大きく剣を下ろすと、パクリと簡単に割れ、丸い土管のような形を露にする。
「こんなものが……。」
「先頭と最後尾に男を配置。あと、真ん中に数名腕がたつ人を。」
水仙は驚きを隠せないまま紀一郎の指示に頷いた。
自分の知っている限り、特に剣に精通しているものを選んでいく。
皆、名を呼ばれたとき一瞬肩が強ばるが、覚悟を決めたように「はい。」と返事を返してくれた。
紀一郎の方でも先頭と最後尾が決まったらしい。お互い作戦を確認しあっているのか、専門的な用語が飛び交っていて。
それが終わったのか紀一郎の視線は此方に寄る。
「姉さんは真ん中?」
「えぇ。あと二人と一緒に。」
紀一郎は?と私は問うた。
「俺は先頭だから。俺と姉さんまでの間の人を先に行かせる。待ってるから。」
「先頭は何人いるの?」
「5人だよ。大丈夫、皆腕がたつやつばっかりだから。」
勿論、最後尾も。
紀一郎がにこりと水仙を安心させるように言葉を紡ぐ。
不敵、と呼ぶにはまだ幼さの残る笑顔。
けれどそれでも水仙には十分だった。
「ねぇ紀一郎。」
「なに?」
「話したいことがあるの。」
今じゃなくて?、そんな風に聞き返さない諭い彼はやっぱりもう水仙の手から離れた大人なのだろうか。
水仙も長いまつげを軽く伏せてから微笑む。
「聞いてくれる?」
柔らかな物腰と鈴のような音色。
その場を透明に潤す純粋な想い。
爆発音がまた響く。
けれどもそれを遠い世界で起こっているかのように錯覚をさせるほど、その場は清らかで。
「勿論、聞くよ姉上。」
そうしてお互いどちらともなく相手を抱き寄せた。
ふわりと薫るのは家族の匂い。
逞しい腕に抱かれて幸せそうに水仙は笑う。
水仙自身も紀一郎の大きな背中に手を回して相手の想いに答える。
きっと_____きっと私たちは大丈夫。
春雨"夕時雨"終わりの刻まであと一時間。
後々に春雨最大の汚点とも言われる事件。
犯人を捕まえることが叶わず、その犯人を野に放すしかなかった最悪の失態。
"龍"の裁きは既にこの時始まっていた。