第15章 偽りの愛
「そんなことっ……出来るんですかっ。」
一人の遊女が驚いたように叫びながら問う。
頬に煤をつけながら必死に。
紀一郎はそんな彼女の叫びを受け止めたあと、言葉を放った。
「出来るかじゃありません。やるんです。」
自分自身でさえ諭すように。
自分自身でさえ暗示をかけるように。
紀一郎は拳を強く握りながらまた言う。
「俺たちがここを逃げ切れたとします。けれど俺達はこの春雨の区域内にいれば俺達はまだ支配されたまま。」
_____支配。
その言葉に対して水仙の背筋がぞわりと震えた。
待って紀一郎……どうしてあなたがそんなこと知っているの。
貴方は普通に教育を受けていたはずなのに。
水仙の顔が青白く染まる。
そんな気持ちを知ってか知らずか紀一郎は水仙を一瞥することもなく続けた。
「俺達はきっと別の住居に移動するでしょう……そしてそこに全員が揃っていけるとは限らない。」
その場にいた遊女達の肩が大きく跳ねる。
その言葉が指し示す本当の意味を理解したからだ。
水仙の脳裏にも嘆いている自分の姿がが浮かび上がる。
「皆さん。わかりますね?」
紀一郎の重たい問いに遊女達は顔面蒼白ではあったがコクリと頷いた。
つまり、用ナシは消される可能性があるということ。
死は免れたとしても人質と別々になる可能性があるということ。
それが、紀一郎の指し示す本当の意味。
「刀を、銃器を使えるものは何人いますか。」
紀一郎の低い声が爆発音と共に響いた。
紀一郎と同じくらいの人質の男が真っ直ぐに手をあげる。
一方で普通の遊女達は弱々しく首を降ったが、ある人数____水仙を含めた暗殺者(アサシン)が躊躇いを露にしていた。
正体を人質に知られたくない。
人を殺して生きてきたのだと言ったらこの子達は私を軽蔑するのではないか。
多くの暗殺者(アサシン)が微かに残った矜持を捨てることができず、戸惑いを隠しきれず紀一郎から目をそらしていく。
しかし_______
「私、毒持ってます。」
凛とした覚悟を秘めた女の声が響いた。
驚きで声のした方を見れば、未だ体は震えつつも真っ直ぐに紀一郎を見つめる白摘草がいる。
その手には香水のような瓶が握られていた。
「速効性です。刀に塗れば死にはしなくても体が痺れて動けなくなるはずです。」
彼女の手には幼い手。