第15章 偽りの愛
「美都姉、ここはもう崩れる!」
鞄のなかに必要最低限の物を突っ込む紀一郎が警告するように叫ぶ。
「分かってる!紀一郎、アンタ出口とか知らない!?」
そして彼女も同様に自分の必要なものをもち、動きやすい服装になるため着物を脱いでいく。藍色の花が描かれた着物が無造作に散らばった。
「春雨の幹部達が会議に使う場所からならっ……!」
「そこはダメ!皆が避難してきたのを逃げたと勘違いされたら皆殺しだわ!」
悲鳴のように叫べば紀一郎は悔しそうに歯軋りをする。そして、何度か言い淀んだ後、言葉を紡いだ。
「ひとつだけ、あるよ。」
しかし、小さな声は水仙には届かず、「何っ!?何て言ったの!?」と水仙は苦し気に叫ぶ。
紀一郎はなにも言わなかったフリをし、近くにあった刀を手に取った。
ガシャアァッッ!!!
ちょうどその時、何度目かの衝撃で花瓶が倒れ、床に当たり、粉々に割れる。
それを紀一郎は一瞥し、軽く舌打ちした後、また叫んだ。
「とにかく行こう!」
着替え終えた水仙の手をひいて走り出す紀一郎。大きな男の手が水仙の痩せ細った華奢な指を包み込む。
紀一郎の唇はしっかりと引き締められており、その姿に水仙は瞳を潤ませた。
六歳下のかわいい弟。
私の生きる全て。
いつの間にこんなに頼もしくなったんだろう。
「頭ッッ!!!!!」
「白摘草っ!みんなっ!」
少しの間駆けていくと同じようにもうひとりの人物に手を引かれながら廊下で立ち止まっている皆がいた。
その中には普通の遊女も混じっているようで背筋がピンと伸びる。
他の遊女たちは何故水仙が頼りにされているか困惑しているようだったが、そんなことを説明をしている暇もなかった。
「頭っ、どこっ、どこに逃げればいいの!?崩れちゃうっ!」
ガクガクと震えながら少女の手を引く白摘草。少女の顔立ちはまだ幼く、昔の白摘草によく似ていた。
そうか、彼女はこの子を守るために____。
胸の奥から熱いものが込み上げるが、きゅっと唇をしっかりと引き締め、一度息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「落ち着いて、慌てちゃダメよ。紀一郎が知っているみたいだから……。」
視線を自分の弟に移せばそれにつられたかのように皆が彼を見つめた。