第15章 偽りの愛
背中に走る鋭い痛み。
その傷から吹き出す赤い血。
水仙は一度だけ息を吐き、背中に落とされた小太刀の存在を認識した。
そして傷みに耐えかねたのかその場に倒れる。その体を一瞥した男はその足を体に落とした。
「っぐ……!」
「頭っっ!!!」
踏みつけられる水仙の顔は青白く、痛みに耐えるかのように震えていて。
間違いなく致命傷な事がわかった野菊は体制を整え、男に突進していく。
「ダメだ、嬢ちゃん。」
しかし男は野菊を蹴り一つで吹っ飛ばした。
体に鈍痛が走り、数メートル先に野菊は転がる。
先程やられた肋骨と肩がまた悲鳴をあげた。
「ちょっと待ってな……後で可愛がってやるから。」
こっちの女を片付ける。
_____こっちの女____それは水仙の事。
「か、しらっ……いや、やめてっ……!!!!」
野菊は必死に手を伸ばすが届くわけがなく、その手はむなしく空を切った。
瞳に涙が浮かび、ポロポロと彼女の頬を流れる。
一方、そんな野菊を水仙は落ち着いた感情で見ていた。必死に自分に手を伸ばす野菊がひどく愛おしく思えて。
水仙の食い縛った歯の隙間から血が溢れる。
もう、もういい。
自分はもういい。
水仙は自嘲するように笑う。
水仙は己の生を確かにその時諦め、もう一つの生を繋ごうと考えた。
最後の力を振り絞って簪を握りしめる水仙。
赤い唇をつり上げて野菊にさよならの代わりに最大級の笑みを送る。
血まみれで笑顔と呼ぶには少々不恰好。
けれど、その笑みを見て彼女の思惑に気がつく野菊。
「かし、ら……違うっ!」
悲鳴のように甲高い声で言葉を紡ぐ。
しかし男は聞こえていないのか、ぐらつく体を抑えて水仙にとどめをさそうと水仙の背中に跨がった。
_____まだ、まだよ。
男が水仙の背中から小太刀を引き抜く。
その時感じるはずの痛みはとうに麻痺しており、水仙は何とも感じなかった。
_____そっか、死ぬのってこんな感じか。
頭のなかに浮かぶのは一人の弟。
"美都姉!"
たった6歳にして親を失って、こんな怪しい仕事をしている私になにも言わずに笑っていてくれた一つの宝物。
ごめん、紀一郎。
お姉ちゃん、先にお父さん達のところに逝っちゃうけど。
______胸はって生きて。
「……さよなら。」