第15章 偽りの愛
「還ろう……頭。」
生きて還ろう。
凛とした瞳、真摯な瞳。人殺しを重ねてきた修羅の瞳。
すべてを折り合わせた彼女の全てがそこにはあった。
水仙は少し呆けたあと、大きく頷き、立ち上がる。そして、頭にかろうじてついていた簪をぬき、近くに転がっていたもう一つの小太刀をそれぞれ持った。
ゆっくり息を吐き、目の前の倒すべき敵を見つめる。
勝算など殆ど無かった。それでも二人は生きたいと、還りたいと、あの暖かな愛の溢れる場所に還らなければならないと思った。
人殺しの上になり立つ虚像の家。
それでもいい、血塗られた手に少しでも幸福が注がれるならどうか家族と共にいたい。
野菊は足に力を込めて畳を蹴った。
薄い羽衣以外空に舞い、音をたてて落ちる。
それに対して水仙は腰を低くし、鳩尾目掛けて走り出した。手には簪二本。一本は腹に、もう一本は心臓に狙いを定めて走る。
上からは野菊。下からは水仙。
どちらかが失敗してもきっとどちらかが成功する、生き残れる。一撃だけ耐えれれば。お互いがお互いのエモノをぐっと握りしめ、突進していく。
「あぁぁあぁッッ!!!」
「おらあぁぁッッッ!!!」
二つの声が重なりあい、ほぼ同時に技を繰り出した。相手は毒が回ってきている。きっとどちらも避ける術はない。
______避ける術はなかった、が。
「な、めるなぁアアァアアッッッ!!!」
ドガァァァッッンッッッ!!
男は畳に拳を寄せる。
凄まじい音がその場を支配した。
空気中に伝わる震動と、床に伝わる振動が二人のバランスを崩す。野菊は男という標的から外れたところに着地してしまった。
それだけではない。
舞い上がった埃が視界を遮る。
「頭っ!!!」
微かに届く野菊の声。それに気がついた水仙は姿勢をさらに低くし相手の攻撃を避けようと試みた。
しかしその考えは筒抜けで。
男の持っている小太刀が水仙目掛けて落ちていく。男は水仙が屈むことを予測し、大きく小太刀を振り上げていたのだ。
息を呑む野菊。
野菊の目の前で、その殺戮は行われようとしていた。
水仙は野菊を探しているのか真上に射る男に気がつかない。
そして野菊も頭の思考と体の動きがついていっていなかった。
止める術もなく、その小太刀は勢いよく水仙に落ちていき____
水仙の背中に突き刺さった。