第15章 偽りの愛
一方で野菊の瞳には首を貫かれてもなお、起き上がる男の姿が写っていた。
幻覚だと願ったが男は自分の背中に刺されていた小太刀を抜き、右手に持って構える。
ギラギラと怒りに燃える殺気の炎は消えない。普通なら死ぬこの攻撃に対して男は愉快そうに笑った。
この男にとって刃物___そのなかでも小さめの小太刀などハエのようなものだったのだ。
野菊は水仙を何とか助けようと男が迫っていることを伝えようとするが、上手く言葉にならない。
真っ青に染まるであろう首は未だ男の指の感触が残っていた。
_______男は、何者なのだろう。
頭の片隅に浮かび上がる疑問。
こんなに戦闘が必要な相手は今までいなかった。
考えれば考えるほど否応にもひとつの可能性が野菊の頭によぎる。
瞬間、頭の中がカァッと熱くなり喉に酸っぱいものが込み上げた。
まるで頭を鈍器で殴られたような鈍い痛みと衝撃が野菊を奈落の底へ落としていく。
_____あぁ、そういうことか。
野菊は呟いた。
水仙の耳にも届いたその言葉は静かな怒りに燃えていて。
邪魔者は殺す、ここの理念じゃないか。
とどのつまり私たちは喰い合いをさせられているんだ。
知りすぎた私たちと殺したい男。
ぶつけさせて両方消そうってのが魂胆。
もし私たちが死んだら疲弊している隙を狙って男は殺されるだろう。
もし男が死んだら何食わぬ顔で私たちをまた道具として使い、喰い合いをさせるんだろう。
にやり、と野菊は口角を上げる。
全ての言葉は聞き取れなかった水仙がその笑みに息を飲んだ。
「それでもいい。」
その場にすべてを放棄したような、それでいて意志を感じさせる相反した感情が渦巻く。
動かない体を叩くように野菊は無理矢理体を起こした。その視線が自分の後ろに注がれたことに気がついた水仙は目を見開いて驚いた後、やっと後ろに立つ男に気がつく。
「な、んで……っ!」
「嬢ちゃん達……一人だけは助けてやろうと思ったが……もう許さねぇ……一度ならず二度までも……。」
ごり、と男の足が畳を擦る。
凹んだソコは男の脚力を感じさせて。
「両方地獄に送ってやるよ!!!!!二人仲良くな!!!!!」
獣の咆哮がその場に轟き、立ち上る気炎と血走った目が二人を射抜く。
一方で野菊は長いまつげを揺らして、一度瞳を閉じた後、言葉を紡いだ。