第15章 偽りの愛
「あああぁぁぁああぁッッッ!!!!」
恐怖を振り払うように渾身の力で水仙は小太刀を男の首に落とした。男は海老のように一度沿った後、口と傷口から血を噴水のように流す。
「っあ!」
そしてまだ手が言うことを聞くうちに小太刀を抜き、もう一発男の背中に小太刀を落とす。
その間に水仙はポロポロと涙を流しながら彼女の名を叫んだ。
「野菊ッッッ!!!」
はち切れそうに痛々しい声がその場に響いた。喉の奥から込み上げてくる熱いものを飲み込んで、水仙はまるで血を吐くように叫ぶ。
「戻ってきて!野菊!」
水仙はもう一発男の首に小太刀を下ろし、動きが鈍くなってきたのを見計らって蹴りあげ、野菊を下から引っ張り出した。
「野菊っ、野菊ッッッ!」
男の血を全身に浴びた野菊は潤んだ目で水仙を見上げていて、息をちゃんとしている。
その姿に水仙は心の引っ掻き傷が癒えていくのを感じた。
真っ白な体に迸る真っ赤な血。
蠢くように色を変えるソレはまるで生きえいるかのよう。
「か、しら。」
震える青い唇から言葉が紡がれた。
真っ黒な瞳が不規則に揺れる。
焦点がまだあまりあっていないのか億劫そうに瞬きをする野菊。
けれどそのすべての行動が生きているからこその行動で水仙は胸の中に何かかがストンと落ちていくのを感じた。
安堵だったかもしれないし、死に対する渇望だったのかもしれない。
何にせよ、水仙の頭にはもう"男"の存在など消えていて。
「野菊っ、良かっ……た。」
本当に、良かった。
「かし、ら……っ、違っ……離れてッ……!」
訴えるように掠れた声で言葉を紡ぐ野菊。
けれどそれは水仙は耳には届いていなかった。
「大丈夫っ……大丈夫だよ、すぐっ……すぐみんなを呼ぶからっ……!」
水仙はガクガクと震える手で野菊にかかった血を拭く。
しかしその血はとれるわけもなく、シミを拭って広がるのと同じように範囲を広げていった。
水仙は混乱していた。
いや____錯乱していたのだ。
「今ならちゃんと分かります。私はあの時やっと"死"を知ったんです。」
水仙_____鴨志田は自嘲するように笑う。
手を握りしめ、歯を食い縛りながらも。
混沌とした絶望と希望が交錯して訪れる瞬間、それがあの時だったのだと。