第15章 偽りの愛
「こっ…りゃすごい女だ、ここに置いとくのは勿体ないねぇ……。」
愉快そうに顔を歪める男。
吐き気を催すその顔も野菊の瞳にはもう映ってはいなかった。
手に最後の力を込めて何とか抵抗するものの、視界は先程より早く白く染まっていく。
も……ダメっ……!!!
野菊は唾液が頬を伝うのに気がつくことなく口を開き酸素を求めた。
さながら陸に上がった魚のように醜くパクパクと息を求めて。
すると突然男は何を思ったのか突然手の力を緩めた。
「かはっ……!!」
同時に肺に届く痛いくらいの酸素。
霞む視界をこらえ、聴覚を澄まさせると男の言葉が無機質な音のように流れる。
「絶滅危惧種の種を強い女に産ませるのは悪いことじゃないはずだ……。嬢ちゃんテメェを助けてやる。」
だから俺の子どもを産め。
そう言うが否や、唇に落とされる汚い匂い。
紛れもなく男の匂い。
「んぐ……っ、ん……っ!」
必死に抵抗するけれど上手く回らない脳はきちんとした指令を出すことは出来なかった。
成す術なく野菊の口の中は蹂躙され、着物は再度脱がされていく。
月明かりに浮かび上がる白い裸体に男は歓喜するのを感じた。
「や……っは、うぁ……!」
唇の隙間から酸素を求めれば舌が絡み付く。
人工呼吸とは程遠い動きに付いていけない。
______このままじゃ……!
水仙はその時やっと野菊の間近に迫る死に対して怒りを覚えた。脳裏によぎる幼き日の彼女の言葉が水仙の体を動かす。
彼女にはまだ守るものがある。
守りたいものがある。
そんなものをこんなところで。
こんなに汚れてきてまで守ってきたものを手放されてたまるか。
水仙は右足に力を込めて棚から小太刀を取り出した。きらりと煌めく小太刀は野菊が毎日手入れを怠っていなかったことを感じさせて。
男は野菊しか目に入っておらず、水仙に対してはノーガードだ。
殺れる___私に殺れる。
野菊はこの苦痛を共にできる相手。
____私にはもう友は得られない。
____私には咎を共に背負う同志がいるんだ。
だから、彼女が死ぬことは____……。
ばくばくと鳴る心臓を落ち着かせるように一度服を鷲塚んだ後、そろりそろりと男の後ろに近づく。
男の下ではくみしかれた野菊が涙を流しながら肩を揺らしているのが見えた。
待ってて野菊。
___今助けるから。