第15章 偽りの愛
「今度は此方からだ!!!」
そう言うと同時に男はその傷だらけの拳を野菊に突きだした。
野菊は顔の前で両手を交じらわせ、彼の拳を受け止めようとする。
しかし。
ゴリッ……!
鈍い音をたててその拳は野菊の防御を突き抜けた。
「なっ!!」
目を見開き驚いたのが一瞬。
野菊は後方に吹っ飛ばされ、襖を破り、転がった。
ばがんっ、と日常では聞くことなど出来ない音が野菊自身から発せられる。
「……っう、く。」
げほっ、と一度吐瀉物を吐き出してその場にうずくまった。
喉に込み上げてくる血の味。鉄の匂い。
今ので肋骨は二・三本は折れており、お腹に激痛が走る。
しかしそんな所を見逃してくれる修羅などいない。男は容赦なくうずくまる野菊を踏みつけた。
仰向けにされ、肩を踏み抜かれる。
「あぁぁぁああッッッ!!!」
ゴリゴリと骨が軋む音。
ひびの入る音。
折れる音。
どれだったかは判別のつきようがなかったが彼女の体は確かに悲鳴をあげていた。
男はそれを楽しそうに上から眺めた後、今度は右手で彼女の首を締める。
「あ"、あっ……ぐ、ァ。」
「苦しいか、苦しいか?……ククッ。」
踏み抜かれた方の右腕は動かせない野菊は何とか左手で抵抗する。
男の腕に爪を立て、引っ掻くが男は皮膚がえぐれても表情を変えない。
神経の毒は確かに効いていた。
男の強みとなって。
痛みのリミッターが外れて。
「やめ、やめてっ……野菊っ。」
少しずつ現実に引き戻され、自分ではない野菊に死が迫った時水仙は言葉を放った。
重たい体を引きずって水仙は棚に近づく。
そんな彼女を男はちらりと一瞥したあと、ニヤリと楽しそうに笑った。
「震えてるぜ、頭の水仙さんよ。」
目を震わせて、肩を震わせて、全身から怯えを漂わせる水仙。
男はそんな彼女を敵としてあしらう価値もないと決めつけ視線を戻した。
「あ"……!ぐ、っ……はっ。」
「酸素が欲しいか、欲しいだろう。どうだ?視界が霞んで来ただろう?」
「っ……!」
男の言う通りもうすでに野菊の視界は白く染まり始めていた。意識を失うまでまもなくというところで。
_____死にたくない。
野菊は迫り来る死に抗おうと手の力を緩むことはしなかった。