第15章 偽りの愛
「もう一杯どうでありんすか?」
艶やかな唇から囁くように、誘うように水仙が言う。目の前の男は頬を赤くさせて手に持っている酌を水仙に差し出した。
細く白い指をわざと艶かしく見せながら男を誘う。
「ねぇ様、もう少しいい酒をだしませんか?」
野菊も彼女の足を引っ張らないように、視線を何度もそらさせ隙を作らせるように動く。
男は美女二人に美酒に満足しているのか、顔の頬を緩め、にやにやと笑った。
「いやぁ、酒を出してくれんのか?おじさん嬉しいぜ。いつも仕事で疲れてるもんでな。」
「やだ、おじ様ってほどのお年に見えません。……それに……。」
今日くらいお仕事をお忘れください。
赤い唇を首に落とす。横からだったが、はっきりと男の首に紅がつき、淡い光に照らされ艶かしく動く。
「……オイオイおじさん期待しちゃうぜ。そんなことしちゃあ。」
「期待してよ、ねぇ様ばっかり見ないで。」
拗ねたように唇を尖らせ、男の着物に手をかける野菊。男の黒いマントのようなものはしゅるりと畳に落ちた。
「夜は長い……すべてを忘れてくださいまし。」
「ククっ……。そうするかねぇ。」
男は既に乗り気なのか、無精髭をかきながら笑う。男のエゴが浮かぶ醜い笑い顔。
その顔に寒気を覚えながらも二人はそばにあった蝋燭を吐息で消した。
月明かりだけが窓から零れ、三人を照らす。
長い長い夜の始まりだった。
コトが終わり、いつものように毒の入った酒を男の前に出す。水仙は胸元を開けたまま、服を直すことなく、彼の唇に酌を寄せる。
崩れた着物を整えるのは野菊、彼が死ななかったとき一太刀で殺せるように少し離れた。男はそんなことを気にもかけていなかったが。
ドキドキと流行る鼓動を押さえ、彼の唇のなかに酒が入るのを見守る二人。
男は少し酒をかぎ、うっとりとした表情を浮かべたあと心底幸せそうにソレを口に含んだ。
男の喉仏が軽く上下する。
_______よし。
野菊、水仙は彼の死を確信した。
心のなかで複雑な気持ちを抱きつつ、明日への思いを馳せながら男が泡をふくのを待った______が。
「て、めぇぇ!!!」
男は突然叫んだ。
獣の雄叫びのような野太い声で。
そして口のなかに少し残っていた酒を吹き出す。
「なっ……!!!?」
少量でも即死の毒がこの男には効かなかった。