第15章 偽りの愛
突然、野菊は言った。
驚いて水仙は野菊の方を見ると彼女の頬には透明な真珠のように輝くものが流れている。
「初めてじゃない……。」
繰り返し、自分に言い聞かせるように言う野菊。彼女のまっすぐな黒髪が香と共に靡き、揺らぐ。
「……大丈夫、守れる。」
水仙が見えていないのか、大粒の涙を流しながら言葉を紡ぐ。
眉をひそめ、嗚咽をこらえながら。
「まだ、守れる。」
肩を震わせて俯く野菊。
初めての任務で混乱する女は沢山見てきたが、こんな風に悲しむ女は見たことがなかった。
苦しみが彼女を蝕み始め、戸惑いが涙を生んでいて、水仙は見ていられなくなる。
「……野菊、あとでわっちの部屋に来なんし。」
赤い紅で彩られた唇を動かして水仙は彼女に告げ、その言葉だけを残して背中を向ける。
野菊は返事はしなかったが、そのか細い首を縦にふった。
月明かりに照らされた肌に影が帯びる。
それを一瞥して水仙はその部屋を後にした。
一人にしておく方がいいだろう。
覚悟を決めたといっていたとはいえ、所詮まだ幼い少女。
本来なら自分の弟のように駆け回り、夢を見つけ、それに向かって生きていく輝きに満ちた瞬間。
いうなれば人生で一番色がつけられる時期。
「どうして。」
水仙は縁側で久しぶりに疑問を口にした。
この穢れた世界では疑問を持つことが弱者の証だと知っていたから。
どうして人を殺さないといけないのか。
どうして私がこんな目に遭うのか。
そう思えば刃が鈍くなると知っていたから。
それでも自分の幼き日とよく似た少女を自分と重ね、問わずにはいられなかった。
「どうして誰も助けてくれないんだろう。」
_____当たり前じゃないか
_____私たちが人を殺して生きてるからさ。
数年前、先代の頭(かしら)にそう説かれた。
終わりのない悲しみに終止符を打つことなど出来やしない。
幸福のエネルギー量は決まっていて誰かが幸せなら誰かが不幸じゃなくてはいけないのだ。
弟の幸せを願うなら自分を不幸せに染めるしかここで生きのべる術はないのだから。