第15章 偽りの愛
「……私は貴女とは違うの。」
真っ黒な闇を孕んでいるかのような重い口調。その声に、雰囲気に、女は反論すら出来なかった。
「ここで生きていくためには人を殺すしかないんでしょう?ここで守りたい人を守るためには殺すしかないんでしょう?……なら早くして。」
私は、もう覚悟は決めているから。
少女は異様な雰囲気を纏ったまま、あくまでも冷静だった。
「咎を負う覚悟も、穢れる覚悟もあの人を守るためなら何だってする。」
よく見ると少女の手は固く握りしめられていて。
「……誰を人質に取られているの。」
気がつけば女は地元の言葉で聞いていた。
女にとっても他人事ではなかったから。
「それを貴女に言う必要があるの?」
少女は訝しげな瞳で女を睨んだ。
女はその年相応な反応に安心したのか余裕を少し取り戻す。
簪を引き抜き、血が溢れていくのを抑えると下を向いて自嘲するように微笑んだ。
「……私は弟を人質に取られているわ。」
びくっ、と少女の肩が大きく跳ねる。
「弟を殺し屋になんてさせてたまるもんですか。弟は日の下で歩いて行くのよ。」
「……。」
「そのためには私は人を殺さなきゃいけない。」
意志のある言葉が部屋に響く。
「……私と同じ。」
「えぇ、同じよ。ここにいる人は皆そうよ。覚えておきなさい。貴女だけじゃない、皆よ。皆守りたいから闘ってるの。死の瀬戸際で共に生きたい人を守るために。」
穢れた場所で女の凛とした声が響く。
その姿はここに来て既に8年という歴史として彼女の苦悩を際立たせていた。
少しして少女は「……奥の部屋ですか。」と小さく言葉を放つ。
それに頷いたあと女は下の者を呼んだ。溢れる血を必死に押さえ、今日殺す人そっちのけで明日弟とどう過ごそうかとむしのいいことを考えながら。
自分の罪と向き合うことをやめた彼女たちの前に
既に咎を背負った少女が現れた。
「これが私と……野菊の出会いでした。」